定期借家の活用方法として、転勤により留守宅となるマイホームを期間限定で賃貸するほか、一般的な賃貸住宅においても法定更新がないことを利用して、悪質な賃借人の退去への強制力を持たせる手法が広く活用されています。更に、賃料増減額請求権の排除特約を用いた賃料の前払いを行うことで工費を確保、空き家再生への活用を図るなど、不動産コンサルティング分野でも、注目されています。
しかし、普通借家と異なり、借地借家法に基づいた厳密な運用が求められます。これらを理解せずに運用すると定期借家が成立せず、普通借家とみなされる等賃貸人の目的を達成できなくなる恐れがありますので、十分な理解が必要です。
※国土交通省:令和2年「住宅市場動向調査」P365より引用
・売主X(原告)は別荘(土地・建物)の売却を媒介業者Y(被告)に依頼した。
・なかなか売れないので、Xは別の業者Aに依頼し、借主Bと定期借家契約を締結。
このとき、事前説明書は交付されていなかった。
・賃貸契約の1年後、XとBは期間を1年延長(H29年9月まで)する覚書を取り交わす。
・Yの媒介で、Xと買主Cが売買契約を締結(H29年9月までのBの退去を前提とした内容)。
・XはBに契約終了を通知したが、Bは「事前説明書が交付されていないので定期借家契約ではない」として退去を拒否。
・XはBと交渉し、解決金(立退料)288万円を支払って退去してもらった。
・XはYに対し、「関係書類(契約書・覚書)を提供したことにより、賃貸借が定期借家と評価できないことを容易に認識し得たのに、その旨を説明しなかった。YはXに不測の損害が生じないように配慮する注意義務の違反があった」として計829万円の損害賠償を請求した。
< 判決の要旨 >
(1)Yは売買契約締結前に、Xから賃貸借契約書・覚書を提供されており、XとBとの契約が定期借家とは評価されないことを認識していたにもかかわらず、売買契約締結までにXに説明していなかったのだから、媒介業者としての説明義務違反がある。
(2)Yの主張は1賃貸借契約に関与していなかった、2仲介業者が入っているので事前説明書がないとは考えられなかった、3Xが定期借家契約は有効だと話していた、4Xから売買契約締結までBに連絡しないよう言われBに確認できなかった。調査を尽くしても、定期借家が無効であると容易に知り得なかったというものである。しかし、賃貸借契約書・覚書により定期借家として評価できないことを認識していたと認められるので、1〜4の事情をもってYに説明義務違反がないとはいえない。
(3)Yの義務違反行為と相当因果関係のあるXの損害として、本件解決金288万円及び弁護士費用相当額29万円の合計317万円をYはXに支払うべき義務を負う。
< まとめ >
賃借人付の物件売買・オーナーチェンジ売買を行う際、媒介業者は物件調査において賃貸借契約の内容精査を行わなければなりません。本事例では、定期借家の不成立が資料から読み取れていれば、それによるリスク(賃借人の退去拒絶)の予見は十分に可能だったと考えられます。リスクの予見ができていれば、「Bが退去を拒絶した時は契約を白紙撤回する」特約を設ける等、様々な次善策を取ることができたはずです。売買仲介専門業者であっても、賃貸借契約の基礎知識は不可欠であることを、端的に示したトラブル事例です。定期借家の「期間満了により確定的に終了する」特性から、優良賃借人とは再契約を行うが、賃料滞納や入居者間トラブルを起こす賃借人とは再契約しない、という活用もよく行われています。しかし、法定要件が満たされていないと、いざ不良賃借人を再契約拒絶によって退去させようとしても、本事例のように退去を拒絶されてしまいます。
定期建物賃貸借契約(以下「定期借家契約」という。)の終了と再契約に関する次の記述のうち、不適切なものを一つ選びなさい。
1. 賃貸人から終了通知に関する代理権を付与されている管理会社が2年間の定期借家契約で入居中の借主に対して、期間満了の8か月前に契約終了通知を送った。
2. 定期借家契約の終了通知の文面として、契約終了と共に貸主が再契約の意向を有する旨を記した。
3. 定期借家契約の再契約を媒介業者が媒介する際に、重要事項説明及び重要事項説明書面の交付を省略した。
4. 定期借家契約の再契約の際に、借主より連帯保証人に変更がない旨の説明を受けたが、あらためて連帯保証人承諾書を取得した。
●問題のねらい
これから住まい方の多様化が予測される中、賃貸住宅における住まい方も多様化します。そうした中でプロとして定期借家契約という契約形態の特徴や契約方法をよく理解し、いつでも提案できることが重要です。定期借家契約には普通借家契約と多くの相違点があります。事前説明だけではなく、期間満了前に送る契約終了通知や再契約の手続等、一連の流れをよく理解しておくことが必要です。特に定期借家契約の本質である「期間の満了により、必ず終了する契約」であることを理解しておかないと間違った対応をすることになります。この設問では、基本的なことがしっかりと理解できているかを問うものとなっています。
答え:3
1.適切
定期借家契約の契約終了通知は、1年以上の契約の場合、期間の満了の1年前から6か月前までに送ることになっています。この設問では8か月前に送ったとのことなので、通知期間内と言うことで問題はありません。ちなみに送り忘れた場合はどうなるでしょう。借主は終了通知が送られて来るまで同一条件で住むことができます。ただし、終了通知が届いてから6か月後には退去しなければなりません。
なお、通知を行うのは本来賃貸人であり、管理会社や不動産業者ではありません。普通借家契約の場合には、管理会社や不動産業者が「更新のお知らせ」を日常業務として行っていますが、これはまったくの別物です。
定期借家契約の終了通知に関しては、下記のような対応が必要となるので十分に 留意する必要があります。
・終了通知書面に賃貸人自身が記名押印する。
・管理業者・不動産業者に終了通知に関する代理権を付与する。
2.適切
定期借家契約の契約終了通知には、終了の日時と契約が終了する旨の文言が入っていなければなりません。貸主に再契約の意向があるなら、その文言を入れても差し支えありません。
3.不適切
定期借家契約の本質は「期間の満了により契約が必ず終了する」ところにあります。ただし、お互いに合意すれば再契約をすることができます。再契約の際に、それは「新たな契約」であることを意識することが重要である。したがって、媒介業者は新規の契約と同様に重要事項説明書を作成して説明し、それを交付する必要があります。
4.適切
定期借家契約の再契約は「新たな契約」であるので、連帯保証人を付ける場合は それが以前の連帯保証人と変わらない場合でも、新たに連帯保証人引受承諾書への署名捺印と印鑑証明書の添付は必要です。
○ 重要事項説明書と事前説明書を兼ねて実施可能
平成30年2月28日・同7月12日の国交省通達により、一定の条件を満たした場合、宅建業者が行う重要事項説明と、本来は賃貸人が行う事前説明書交付・説明を兼ねることが可能との見解が示されました。ただしこの形式であっても、再契約の際にも改めて実施しなければならず、怠れば普通借家とみなされる点は同様です。
○ 契約書作成時には条文・特約に注意
事前説明や重要事項説明で定期借家と示していても、賃貸借契約書に「契約違反がない場合は自動更新できる」等更新を前提とした条項が同時に定められていた場合、定期借家と解することはできないという判例があります(東京地判 平27.11.10,東京地判 平20.6.20)。「更新がない」ことが契約書上で一義的に明らかになっていなければなりません。
○ 賃料増減額請求権排除特約の活用事例
普通借家では賃料を減額しない特約は無効になってしまうため、賃貸人は契約後に賃借人から賃料減額請求権を行使されるリスクを排除できませんが、定期借家は賃料を減額しない特約も有効です。賃料を増額も減額もしない減特約を結ぶと、契約締結時に期間中の賃料総額の正確なシミュレーションが可能となり、賃借人から賃料減額請求権の行使をされることもなくなります。
これを応用して、契約時に賃借人がまとまった金額の「前払い賃料」を賃貸人に支払い、賃貸人がこのお金で建物改修工事を発注・施工し、賃借人が改修後の建物を使用収益する、という手法も可能になります。例えば、耐震補強や屋根の葺替え工事まで必要な場合、単純に賃借人が工事発注・費用負担をしてしまうと賃貸人に対する贈与とみなされる可能性がありますが、これも回避できます。
参考資料
国土交通省住宅局住宅総合整備課賃貸住宅対策室 「《大家さんのための》定期建物賃貸借契約」