売買契約では、買主が望んでいた目的物が引き渡されないという場面がしばしば生じます。売主の担保責任は、このような場面でのルールを決めるものです。契約不適合に関する知識は専門家としての基本的素養であり、仲介業務を行うに当たって顧客から信頼されるため、契約不適合責任については、熟知しておかなければなりません。
< 事実関係 >
(1)Xは土地開発公社、Yはふっ素機能商品の製作・販売を業とする会社である。Xは、Yから、平成3年3月15日、23億3572万円で、土地(本件土地)を購入した(本件売買契約締結)。
(2)東京都は、平成13年4月1日から施行された都民の健康と安全を確保する環境に関する条例で有害物質を定義した上、鉛、砒素、カドミウム、ふっ素、PCB等26種類の物質を当該有害物質として掲げ、土地の改変時における改変者の義務について規定した。このうちふっ素については、ここで新たに有害物質とされたものである。
その後Xが、あらためて平成17年10月に土壌の調査をしたところ、本件土地にはふっ素が含有されていることが判明した。
(3)Xは、本件土地に隠れた瑕疵があったため損害を被ったと主張して、ふっ素の除却費用等として、Yに対し、4億6000万円余の賠償を求めた。
東京高裁は、Xの請求を認めたが、最高裁は東京高裁の判断を覆し、Xの請求を否定した。
< 解決結果 >
最高裁は、瑕疵担保責任における瑕疵の意味について、『売買契約の当事者間において目的物がどのような品質・性能を有することが予定されていたかについては、売買契約締結当時の取引観念をしんしゃくして判断すべきであり、ふっ素について、本件売買契約の当事者間において、それが人の健康を損なう限度を超えて本件土地の土壌に含まれていないことが予定されていたものとみることはできず、本件土地の土壌に溶出量基準値及び含有量基準値のいずれをも超えるふっ素が含まれていたとしても、そのことは、民法第570条 にいう瑕疵には当たらない』としてXの請求を否定した。
< 民法改正との関連性 >
現在の民法では、売主の責任に関し、目的物の欠陥を表すために、「種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しない」という文言 (契約不適合)を使用しています(第562条)。
民法改正によって、瑕疵という用語の使用を止めたのは、瑕疵という言葉が、難解であり、かつての法定責任説と結びついて使用されていたからですが、目的物に欠陥があるかどうかは、従前から、実務的に、当事者が契約において予定していた内容・品質性能等を勘案したうえで、判断するのが実務でした。
最高判平22.6.1では、瑕疵の有無について、売買契約締結当時の取引観念をしんしゃくして判断すべきであると論じており、現在の条文の基礎となる考え方が明示されています。
現行の民法では、かつての瑕疵担保責任は廃止され、契約不適合責任の仕組みが採られている。契約不適合責任においては、引き渡された目的物が契約に適合しないものであった場合には、売主には、追完を求める権利、代金減額を請求する権利、損害賠償を請求する権利、解除の権利が認められる。次の記述のうち、適切なものを一つ選びなさい。
1.契約不適合が買主の責任によって生じていた場合であっても、買主は、売主に対して、追完を求める権利を有する。
2.契約不適合について、売主が履行の追完を拒絶する意思を明確に表示していても、買主が相当の期間を定めて履行の追完の催告をし、その期間内に履行の追完がないときでなければ、代金の減額を請求することはできない。
3.損害賠償を請求するに当たって、将来において取得すべき利益についての損害の額を定める場合、利息相当額については、損害賠償の請求権を行使する時の法定利率により、控除をするものとされている。
4.債務者に故意又は過失がなくても、契約不適合によって契約を解除することができる。
●問題のねらい
令和2(2020)年4月1日に施行された現行の民法のうち、不動産取引に直接影響を及ぼす契約不適合責任の仕組みの理解を問う出題です。
答え:4
1.不適切
民法は、「引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときは、買主は、売主に対し、目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができる」と定めるとともに(同法第562条第1項本文)、「不適合が買主の責めに帰すべき事由によるものであるときは、買主は、同項の規定による履行の追完の請求をすることができない」という定めを置きました(同法第562条第2項)。契約不適合が買主の責任によって生じていたときには、買主には、追完(完全な履行)を求める権利はありません。
2.不適切
民法では、「売主が履行の追完を拒絶する意思を明確に表示したとき」には、催告をすることなく代金の減額を請求することができると定められています(同法第563条第2項第2号)。代金減額請求は、売買契約の一部解除の性格を有することから、原則として催告を要するものとしながら(同法第563条第1項)、催告をすることに意味がないケースには催告をせずとも代金減額請求を認めるという趣旨の定めです。
3.不適切
民法では、「将来において取得すべき利益についての損害賠償の額を定める場合において、その利益を取得すべき時までの利息相当額を控除するときは、その損害賠償の請求権が生じた時点における法定利率により、これをする」と定められています(同法第417条の2第1項)。 中間利息は、損害賠償の請求権を行使する時の法定利率ではなく、損害賠償の請求権が生じた時点の法定利率により計算されます。
4.適切
⺠法では、催告解除(同法第541条)と無催告解除(同法第542条)のいずれについても、解除に債務者の帰責事由(故意過失)が不要とされています。かつては、解除は債務不履行の効果としての債務者への責任追及の手段であって、債務者に帰責事由がない場合にはこれをなし得ないと解釈されていました。これに対し、現在では、解除に対する捉え方を転換し、債権者を契約の拘束力から解放することが必要な場合に取り得る手段と位置付けたことから、債務者の帰責事由を要しないこととしたものです。債務の不履行が不可抗力によるものであったとしても、債権者は契約を解除することができます。
○ 次の3つ場面を想定して、契約不適合を学ぶ必要があります。
第1 売買契約を成立させるための過程で、顧客から質問を受ける場面
・一般消費者の法的な意識は、以前とは比較にならないくらいに高まっており、自らの立場がどのようなものであって、どのようにして契約を成立させるのかについて、高い関心をもっているために、専門家である不動産業者は、さまざまな質問を受けます。
・しかし、多くの場合に一般消費者は情報の整理ができていません。顧客の疑問に対して的確な回答をするためには、不動産業者には契約不適合責任についての深い理解が求められます。
第2 契約書の案文作成と、物件状況報告書・設備表を準備する場面
・引き渡された目的物が契約に適合しているかどうかは、契約内容によって決まりますから、契約を締結する時点において、どのような目的物が引き渡されるべきなのか売主と買主の間で疑義がないように明示しておくべきです。
・契約書の本文や特約で引き渡すべき土地建物や設備のあり様を記載するとともに、物件状況報告書・設備表に不備がなく、誤解が生じないようにしておくことが、重要になります。
・契約不適合があった場合に、買主がいかなる救済手段をとることができるかについても、契約で取り決めておくことができます。
・特約は、社会常識に合致し、売主と買主の衡平を損なうことがないように配慮する必要がありますが、不動産業者が特約の案文を作成するに際しては、民法の契約不適合の仕組みを会得しておくことがその前提になります。
第3 契約不適合が実際に問題になった場面でも、当然に何が契約不適合になるのかがわかっている必要があります。
・仲介業者は、契約成立に尽力するとともに、契約が当事者の満足する状態において完了するところまで、当事者の間に入って調整をすることがその役割です。
・契約不適合の問題が生じた場合に適切な結論を導くことは、売買契約の最後の重要な場面である引渡しが円満に行われることと、表裏の関係となります。
〇契約不適合の要因は物理的な要因に限らない。
引き渡された目的物が契約の内容に適合しない場合には、物理的な要因(土壌汚染、地中埋設物、雨漏り、シロアリ被害等)のみならず、心理的要因(事故物件等)、法的要因(法令による制限)又は環境的要因(騒音・振動等、近隣の反社会的勢力の事務所等)も、契約の内容によっては契約不適合責任の対象となります。事故物件であることを減価要因として織り込んだ契約内容であれば、その旨を特約で明確にした契約書の起案が必要です。