人によって健康状態等は様々ですが、一般的には、高齢になるにしたがって認知症等で意思能力に問題を抱える人の割合は、増加していく傾向があります。契約当事者の売却意思や権限、能力を見極めることは宅建業者にとって重要ですが、当事者が高齢の場合は特に慎重に行う必要があります。
< 事実関係 >
(1)平成20年3月24日、買主Y1は、売主X(高齢者)との間で土地建物の売買契約を締結し(第1売買)、代金を支払ってXから所有権移転登記(以下「第1登記」という。)を受けた。Xは本件不動産に居住しており、同年6月末日までに明け渡す旨の明渡承諾書がY1に差し入れられた。この売買契約の当時、Xは既に認知症であり、この契約はXの娘Bの元夫であるCが自己の事業資金を得るため、Xが意思能力を欠く状態であることを利用してなされたものであった。
(2)同年6月26日、Y1とY2との間で、本件不動産の売買契約(以下「第2売買」という。)が締結され、Y1からY2に対し、同日売買を原因とする所有権移転登記(以下「第2登記」といい、第1登記と併せて「本件各登記」という。)がなされた。
(3)同年8月8日、Xにつき東京家庭裁判所に後見開始審判の申立てがなされ、同月20日、成年後見開始と成年後見人Zの選任の審判がなされ、Zは、XとY1間の売買が無効であることを理由に、Y1及びY2に対し、本件各登記の抹消登記を求めた。
< 解決結果 >
Y2は、自分は第1売買の売主に意思能力がないことなど知りようもなく、善意の第三者なのだから仮に第1売買が無効であっても不動産を有効に取得している等と争ったが、訴訟の結果、Xの成年後見人Zからの抹消登記請求が認められた。(なお、第1売買の所有権移転登記のために立ち会った司法書士HはXの意思能力に疑問を感じなかったとのことだが、裁判所は、主に登記手続に必要な限度で第1売買に関与したにすぎないHが、短時間でかつ第1売買を主導したCが立ち会った場でXと接触した際にXの意思能力に疑問を感じなかったとしても、その認識を重要視することは相当でないとした。)
高齢者の売主との不動産取引の留意点に関する次の記述のうち、不適切なものはいくつあるか。
ア.不動産の売却依頼をした売主は、面接する日によって売却希望価額が異なるため、親族に登記事項証明書の入手を依頼し、「登記されていないことの証明書」により制限行為能力者ではないことを確認した。媒介契約の価額は、売主の希望価額のブレを考慮し、査定価格から10%増額した価格とすることを提案し、売主の了解を得た。
イ.認知症の症状が重く意思能力のない母親の不動産売却に関し、推定相続人である長男と長女が同席する場で、長男を代理人として早期に売却したいとの意向であることを確認し、念の為、戸籍謄本から長男・長女の他に相続人はいないことが確認できたため、長男を代理人とする媒介契約を締結した。
ウ.売主と専属専任媒介契約を締結した物件(媒介価額は、取引事例から算定した市場価格の3,000万円)について、広告開始から1週間後に2,000万円で買受け申込みがあった。売主に報告したところ、「是非、商談を進めてほしい。」と、価額に異存なく売却承諾の意思表示があったため、売買契約締結の準備に着手した。
エ.買い側業者として、売り側業者に同行し、売主の売却意思を確認するため面談した。売主に、売却後の移転先を尋ねたところ、売主は「すべて長男に任せているから、私は分からない。」との回答があり、同席した売主の長男から「移転先は、○○ホームです。」と説明があった。売主の売却意思と移転先が決まっていることが確認でき、安心して取引が進められると確信した。
❶ 1つ ❷ 2つ ❸ 3つ ❹ 4つ
●問題のねらい
高齢者との面接聞き取り調査、実務における留意点を確認します。
答え:❹
1.不適切
「登記されていないことの証明書」により、制限行為能力者ではないことを確認できたとしても、個々の取引時に意思能力がなかった場合の法律行為は無効です。高齢の売主が、面接する日によって判断が異なる場合は、医師または弁護士等の専門家により意思能力の有無を確認すべきである。意思無能力者との媒介契約は、媒介価額にかかわらず無効です。
2.不適切
推定相続人は長男・長女であることを確認したとしても、意思無能力者の母親と長男の委任契約が無効であり、長男と締結した媒介契約も無効です。また、本件不動産は遺言により長男・長女以外の第三者に遺贈することとされている場合があり、必ずしも長男または長女が相続するとは限りません。成年後見制度の活用を進言し、不動産売却は成年後見人の判断によることになります。
3.不適切
市場価格3,000万円の物件について、広告開始後1週間後の買受希望価格2,000万円に異存なく合意したこと自体が、売主は価格について合理的な判断能力に欠けているとみるべきであり、医師または弁護士等の専門家により意思能力の有無を確認する必要があります。
4.不適切
高齢の売主から、売却後の移転先の居所について、具体的な回答が得られない場合は、意思能力がないことが懸念され、医師または弁護士等の専門家により意思能力の有無を確認する必要があります。
○高齢者の定義については、年金の受給資格で考えれば65歳、道路交通法の高齢運転者では70歳、高齢者医療確保法では前期高齢者が65歳以上、後期高齢者が75歳以上と、個々の法律によって異なりますが、不動産取引において問題となるのは、年齢ではなく、当事者本人の意思能力の有無がポイントとなります。
★高齢者で認知症の気配はあるものの意思能力があると判断された場合、売買契約書、委任状等に本人の自書を求めるスペース(住所・氏名欄)は、ゆったりと設けることが必要です。やむを得ず文字が大きくなったり、あるいは文字が多少乱れても、本人が余裕をもって自書できる状況を整えることが大事だからです。
○契約締結時に意思能力があっても、決済時には意思能力を失う可能性も懸念されますので、司法書士に契約時から同席してもらったり、決済事務に関する委任状を予め用意したりする等、万全の体制で臨みましょう。
○意思能力の確認にあたっては、代理人・付添人の委任状、印鑑証明書のみで信用するのは避けましょう。また、面談時の媒介業者の立会いは複数で行うこととし、場合によっては、担当医・看護師・介護担当者への聴き取りも必要になります。さらに、本人に対しての質問は、「はい」「いいえ」のみで回答できるようなものは避け、できるだけ回答が具体的にならざるを得ないような質問形式にすることも、重要なポイントになります。
高齢者の自宅の売却トラブルに注意
〜独立行政法人国民生活センター〜