一般に買主がある事実を知っていたらその物件をその値段では買わないような事実は、重要な事項(業法第47条第1号)と言っていいでしょう。心理的な瑕疵は売主が隠す傾向にあるので注意が必要です。
心理的瑕疵は重要な事項に該当するので、売主は説明義務を、媒介業者は告知・説明義務を負います。説明しない場合には売主が契約不適合責任を問われるほか、説明義務違反になることがあります。
売主に「本当のことを契約前に告知しておかないと後で損害賠償請求されたり契約解除になることもありますよ。」と説明して「告知書」(「物件状況報告書」)に正しく記入してもらいましょう。
この土地は平成6年3月当時の火災により居住者が死亡していたが、売主Y1、媒介業者Y2は告知しなかった。
買主XはAに4,950万円でこの土地を転売した。
XはY1に対し瑕疵担保責任、説明義務違反を、Y2に対し説明義務違反を根拠に損害賠償を求め提訴した。
ある土地において社会的に忌み避けられるような出来事が発生してから一定の期間においては、当該土地につき忌み避けられるべき心理的欠陥があるものとして当該土地に瑕疵があるということができる場合がある。
「本件土地上に在した建物において火災事故が発生し、同建物の居住者1 名が死亡した本件火災事故は、原告が本件売買契約を締結した平成23 年12 月22 日から既に17 年以上が経過した過去の出来事であることに加え、本件火災事故が発生した本件土地上の建物は、本件火災事故後の平成6 年4 月1 日頃には全て取り壊され、本件売買契約締結当時には本件土地は駐車場として使用されていたことが認められる。そうすると、本件土地上に存在した建物で本件火災事故が発生し死者が出たという事実は、本件売買契約締結当時においては、相当程度風化され希釈化されていたものであって、合理的にもはや一般人が忌避感を抱くであろうと考え得る程度のものではなかったと認めるのが相当である。」とし、当該事実について調査、説明をしなかった売主と媒介業者に対する損害賠償請求を棄却した。
この結論はあくまでこのケースの場合に担当の裁判官が下したもので、必ずしも普遍的なものではありません。媒介業者がもしこの事実を知っていたら必ず売主から告知させてください。
Aは、仲介業務を営むR社の入社3年若手社員、Bは、Aの先輩であって、入社10年の中堅社員である。業務の合間に社内で雑談をしながら、BがAにアドバイスをしている。 下記の会話におけるBの質問に対する①から④までのAの回答のうち、最も不適切なものを一つ選びなさい。
(AとBの会話)
A:先輩、相談があるんですが。
B:相談って、どんなこと?
A:物件で自殺などの事故があった場合に説明をするべきかどうかという問題が、今でもよくわかりません。
B:心理的瑕疵の問題だね。ベテランも悩むところだ。ではこの機会に、いくつかの問題を考えてみよう。
A:お願いします。
B:過去の自殺などの事故が心理的な瑕疵にあたるかどうかについては、法令などの基準があるわけではない。個別の事案につき、過去の事故に対する嫌悪感の存在や時間の経過によって嫌悪感が薄まっていく状況を、地域性・場所的特性、事故・事件の状況、取引の目的・経過期間などを総合的に考えていくということになる。
A:はい。
B:まず、地域性についてみてみよう。物件が都心部にある場合、農村部と比較して、嫌悪感が消滅していく速度は速い、それとも、遅い?
A:速いと思います。物件が都心部にある場合には、居住者が交代することが多く、近隣への関心も高くありませんから、嫌悪感ないし嫌忌感の希釈は比較的速く進行します(回答①)。
B:次に、建物内で自殺があったけれども、建物が取り壊されていたとしよう。取り壊し後に更地で売買される場合に心理的な瑕疵があると判断される可能性は?
A:建物が取り壊された後であっても、事故の状況や経過した時間の長さによっては、土地の瑕疵が認められることがあります(回答②)。
B:では、オフィスビルで自殺があったケースを考えてみよう。住宅で自殺があった場合には、自殺が住み心地に影響するけど、オフィスビルは住居とは用途が違うから、オフィスビルの自殺は、その後の賃貸借との関係でみて、心理的瑕疵にはあたらないと考えていいかな?
A:たしかにオフィスは人の住まいではありませんが、会社の社員や来訪者が仕事をする場所である以上は、オフィスビルでの自殺も心理的瑕疵にあたることになると思います(回答③)。
B:もうひとつ、瑕疵担保責任免除特約との関係。「隠れた瑕疵につき一切の担保責任を負わない」という特約がある建物の契約において、実は契約の6か月前に建物内で自殺があった。買主が自殺があったことを知らずに物件を買っていても、特約があるから売主に心理的瑕疵の損害賠償請求はできないといえるかな?
A:特約があれば、損害賠償をすることはできません。「一切の担保責任」という言葉には、心理的瑕疵による損害の責任も含まれると考えられるからです(回答④)。
B:心理的瑕疵の問題はまだその取扱い方が確定していないことが多い。新しい情報収集を続けていかなければいけないね。
A:はい、わかりました。勉強を続けます。
●問題のねらい
売買の仲介の担当者として、心理的瑕疵に関して理解しておくべき基本的な考え方と判例の知識を問う問題です。
答え:4
❶適切
心理的瑕疵の有無は、地域における人的な流動性や他者への関心の程度にも影響を受けます。閑静な住宅地や農村部であれば、瑕疵が認められやすく、繁華な地域であれば比較的瑕疵が認められづらいです。(東京地判平成 26.8.5)では、建物が交通の利便性の高い立地にあること、居室がワンルームであって単身者向けと思われること等への考慮に関し、「本件居室は、賃貸物件としての流動性が比較的高いものと認められ、嫌悪感ないし嫌忌感の希釈は比較的速く進行するものといって差し支えない」としています。
❷適切
心理的な嫌悪感は特定の空間において生じます。事件や事故が建物内や室内で発生している場合には、特定の空間内で生活していることが、瑕疵が肯定される要因となります。他方、建物外や室外であれば空間としては別のものとなります。建物が取り壊わされれば、空間が特定されなくなるから、嫌悪感を感じる程度は弱くなります(大阪高判昭和 37.6.21、大阪地判平成 11・2・18)。
もっとも過去の事件や事故が印象の強いものならば、室外や建物取壊し後であっても、瑕疵が肯定されることがあります(大阪高判平成18.12.19、高松高判平成26.6.19など)。室外や建物取り壊し後の不動産取引において瑕疵が認められるかどうかは、事故の状況や経過した時間の長さが考慮されることになります。
❸適切
東京地判平成27.11.26では、オフィスビルの賃貸借で賃借人(会社)の従業員がバルコニーから飛び降り自殺をした事案において、『賃貸借契約においては、賃借人は、その契約上、目的物を自然損耗や経年変化を超えて損傷することなく使用して、これを賃貸人に返還すべき義務があり、上記損傷には、物理的な損傷のみならず、目的物の価値の下落を招くような心理的な損傷も含まれます。そして、賃貸借の目的物が建物の場合、その価値の下落を招くような心理的損傷として典型的なものの一つが当該建物における自殺の発生であると言えます。すなわち、通常、その後に当該建物の使用を検討する者においては、当該建物において自殺があったことを想起することによる嫌悪感ないし抵抗感等から、当該建物の使用を避けるべく行動することが多いところであって、当該建物の市場価値が低下するといえる』、『この理は、当該建物が、そこで寝食を行うような居住用物件である場合により顕著であると考えられるところではありますが、本件建物のような事務所用物件であっても、一定時間滞在して仕事をする場所である以上、同様に上記嫌悪感ないし抵抗感等は生じるといえ、やはり心理的損傷と捉えることができるものです。 また、上記の理は、自殺が賃貸借の目的物である建物内において発生した(当該建物内で死亡した)場合により顕著であるとはいえるが、本件のように当該建物から飛び降りを図り、当該建物外で死亡したような場合であっても、飛び降りた箇所が当該建物に存在する以上、上記嫌悪感ないし抵抗感等は生じることが通常であると考えられ、やはり心理的損傷と捉えることができる』と述べられています。
❹不適切
瑕疵担保責任を免除する特約は合意があれば有効ですが、実際に生じていた瑕疵との関係で特約の効力が及ぶためには、瑕疵が当事者の想定していた範囲内にとどまるものであったことを要します。当事者の想定しない瑕疵が存在していた場合には、特約の効力は認められません。
浦和地裁川越支部判平成9・8・19では、「老朽化等のため建物の隠れた瑕疵につき一切の担保責任を負わないものとする」という特約を付けて住居として使用するために土地と建物を購入したところ、5か月前に建物内部で当時の居住者家族が自殺していたことが判明したケースにおいて、売買契約を締結するに当たっては、土地及び建物が一体として売買対象とされて代金額も全体として取り決められており、自殺があったことは交渉過程で隠されたまま契約が成立したのであって、自殺の存在が明らかとなれば、さらに価格の低下が予想されたのであって、瑕疵は特約の予想しないものであったとして、瑕疵担保責任が肯定されています。
○自殺・事故等の心理的瑕疵については、知り得た事実を買主に伝えるべきか否か判断に迷う場合があります。
極力、売主(貸主)の同意を取り付けて、買主(借主)に伝える努力をしましょう。
○地域で賃貸の媒介業務をするにあたり、マンションの自殺等の情報を入手する方法のひとつとして、管理人さんと日頃から仲良くお付き合いをすることがあります。また、町会・商店街の会合に参加して、昔話を聞くことも大切です。
○居住用不動産については、心理的瑕疵による契約解除が認められやすい傾向があります。
○売主は事実を隠したがります。
○クレームは媒介業者にきます。
★媒介業者として、広く調査をする手間を省かず、「これを聞いたら、買主・借主はどう考えるだろう」とおもんばかり、自分の良心に従って行動しましょう!
参照判例
東京地裁平成22年3月8日判決 RETIO 79-094
買主が、買い受けた土地に心理的瑕疵があったとして、売主らに対し、瑕疵担保責任又は債務不履行に基づく損害賠償を求めた事案において、三年前土地上にあった建物内において焼死者が発生したことも、本件売買契約の目的物である土地にまつわる心理的欠陥であり瑕疵に当たる。
大阪高裁平成18 年12 月19 日判決 RETIO 69-052
土地のほぼ3分の1強の面積に匹敵する本件土地上にかつて存在していた本件建物内で殺人事件が発生したものであり、女性が胸を刺されて殺害されるというもので残虐性が大きく、通常一般人の嫌悪の度合いも相当大きいと考えられること、本件殺人事件は新聞にも報道されており、本件売買から約8年以上前に発生したものとはいえ、本件土地付近に多数存在する住宅等の住民の記憶に少なからず残っているものと推測され、…とし、本件土地には、これらの者が上記建物を、住み心地が良くなく、居住の用に適さないと感じることに合理性があると認められる程度の、嫌悪すべき心理的欠陥がなお存在するというべきである。