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賃貸事例 1106-R-0091
1人住まいの入居者の死亡(変死)と内装費用の請求

 1人住まいの入居者(老人)がアパートで死亡(変死扱い)した。貸主はその相続人に対し、内装の取り替え費用の全額を請求することができるか。相続人が相続を放棄したときは、どうなるか。

事実関係

 当社(宅建業者)が所有している賃貸アパートで、3日前に1人住まい入居者(老人)の死体が発見された。もちろん、死体は変死体として警察の検視に付され、救急車も来ていたので、周辺は大騒ぎになった。
 葬式は近日中に行われ、今日・明日中にも部屋の中の家財道具が関係者によって搬出されるが、このままでは心理的な問題もあり、次の借主に部屋を貸せないので、この際部屋の内装をすべて取り替えようと思っている。

質問

  •  当社は、死亡した借主に相続人がいれば、その相続人に内装費用を請求することができると思うが、どうか。
  •  もし、相続人が相続を放棄したときは、どうなるか。
  •  もし、相続人が相続を放棄した場合、当社は誰に内装費用の請求をしたらよいか。

回答

1. 結論
 ⑴ 質問1.について ― 変死の状況いかんによっては、その内装工事の範囲が貸主の損害として認められる範囲内のものであれば、請求は可能と考えられる。
 ⑵ 質問2.について ― 法的には、請求することができない。
 ⑶ 質問3.について ― 遺族の中で、相続は放棄したが、内装費は負担してもよいと考える人がいれば、その人に請求したらよい。要は、遺産の問題より気持ちの問題であるから、相続の放棄とは関係なく話し合ったらよい。
2. 理由
⑴⑵について
 1人住まいの借主が賃貸借物件の中で変死し、何日も発見されなかった場合、特別のケースでない限り、貸主には損害が発生する。具体的には、次の借主が決まるまでの時間的なロス、心理的な問題としての賃料への影響などであるが、本件の場合は、それらの損害はともかく、貸主としては、次の借主を早く決めるための内装の取り替え費用の負担を、その変死者の相続人等にしてもらおうというものである。
 ところで、今回死亡した借主には貸主に対する損害賠償義務があったのであろうか。
 建物賃貸借契約の借主は、その建物を契約または目的物の性質によって定まった用法に従い、使用または収益しなければならず(民法第594条第1項、第616条)、また、その契約が終了するまで、その建物を善良な管理者の注意をもって保存しなければならない(民法第400条)。にもかかわらず、今回変死した借主が、賃貸借契約期間中に変死したことにより、それらの借主の義務を履行することができず、貸主に対し損害を与えたものであると考えることができるのであれば、その相続人は貸主の被った損害を賠償する義務があることになる(東京地裁平成19年8月10日)。
 ただ、相続人が相続を放棄した場合には、その相続人は初めから相続人にならなかったものとみなされるので(民法第939条)、たとえその相続の放棄によって、相続債権者(本件の場合は「貸主」)に損害を与えることになったとしても、その放棄は権利の濫用にはならないものとされている(最判昭和42年5月30日民集21巻4号988頁)。
⑶について
 (略)

参照条文

  民法第400条(特定物の引渡しの場合の注意義務)
   債権の目的が特定物の引渡しであるときは、債務者は、その引渡しをするまで、善良な管理者の注意をもって、その物を保存しなければならない。
  民法第594条(借主による使用及び収益)
   借主は、契約又はその目的物の性質によって定まった用法に従い、その物の使用及び収益をしなければならない。
  ③ (略)
  民法第616条(使用貸借の規定の準用)
    第594条第1項、第597条第1項及び第598条の規定は、賃貸借について準用する。
  民法第939条(相続の放棄の効力)
    相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。

監修者のコメント

 本ケースのような場合、借主の相続人に一定の費用を請求できるかどうかの分かれ目は、その借主に債務不履行又は不法行為が成立するかどうかである。なぜなら、そのいずれかが成立すればこそ、損害賠償の請求が可能となり、その相続人に対し、債務の承継者として請求ができるからである。
 そこで、問題は、その借主の変死が、賃貸借契約上の善管注意義務違反という債務不履行あるいは故意又は過失による他人の権利侵害という不法行為を組成するか否かであるが、変死といっても普通の病死である場合、その借主に善管注意義務違反あるいは過失による不法行為の成立を認めることは微妙である。
 このことは、自殺の場合も同様である。ただ、病死でも自殺でもそのようになる可能性を認識しながら、家族がこれを放置していた場合は、家族自体の不法行為による損害賠償責任が生ずることはあろう。

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