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2312-B-0328
売主は、所有権移転登記に応じない買主に対し移転登記することを要求できるか。

 地主が親戚に賃貸していた一戸建を、その賃借人に譲渡したが、買主である賃借人は一向に所有権移転に応じない。

事実関係

 当社は、宅建業者である。長年取引のある複数の賃貸物件を所有している地主から相談があった。当社は、賃借人を紹介し賃貸借契約の媒介や、資産整理の一環で土地の売却を手掛けたこともある。この度、地主が30年間借家として賃貸していた一戸建てを賃借人に直接売却したが、賃借人であった買主は自己名義への所有権移転登記を拒んでいるという。買主は地主の親戚筋なので、建物も古くなり、売買金額を相場より若干低額で売買した。買主は自己資金で賄い、全額支払いを終えている。買主は、自分で所有権登記をすると言っていたので、売買代金受領時に、地主は売主として登記に必要な書類を渡している。
 地主は、買主が移転登記をしないのは、遠方に家族と住んでいる長男に直接不動産の名義を変えたい意向があるのではないかと推察している。買主が所有権移転登記をしなくても地主には特段の影響はないものの、移転登記がされなければ、固定資産税等がいつまでも地主に請求される。地主は、買主にその旨を伝えたが、自分が支払うので通知書を渡してくれればよいと言っている。しかし、固定資産税等の支払いのみならず、建物は古く、外壁が剥がれかかっている部分もあり、強風等で隣接の建物や通行人等に被害を生じた場合、登記名義人である地主にが責任が及ぶのではないかと不安視している。

質 問

1.  買主である登記権利者が所有権移転登記に応じないときは、登記義務者である売主が単独で登記申請することができるか。
2.  買主が所有権移転登記をしない間に、買主の建物維持・管理が不適切で隣家等に損害を生じたさせた場合、登記名義人である売主が損害賠償責任を負うことがあるか。

回 答

1.  結 論
 質問1.について ― 買主に登記手続をすべきことを命ずる確定判決を得て、売主が単独で登記申請をすることが可能である。
 質問2.について ― 建物等の工作物が管理等の不備が原因で、第三者に被害を及ぼした場合、登記名義人か否かにかかわらず、実質の所有者が損害賠償責任を負うと解する。
2.  理 由
について
 不動産登記制度は、不動産の表示や権利を公示することにより、国民の権利の保全を図り、取引の安全と円滑を目的とするものである(不動産登記法第1条)。不動産登記簿に記載された内容は、誰が所有者かを示す公示力はあるが、登記簿上の所有者が真の所有者であるという公信力はないとされている。相続が分かりやすい例であろう。相続発生により実質の所有者は相続人であるが、相続登記をしていなければ登記上の所有者名義は被相続人のままである。相続人が真の所有者であることを第三者に示すためには、相続登記をする必要がある。不動産登記には様々な登記事項があるが、不動産取引において、権利の得喪が重要になる。代表な権利は、所有権であるが、地上権や賃借権、抵当権等の保存等(保存、設定、移転、変更、処分の制限又は消滅)も取引の際の確認が不可欠である。
 所有権等、権利に関する登記申請は、原則、登記権利者及び登記義務者の共同申請が原則である(同法第60条)。権利者は、登記上、直接に利益を受ける者、義務者は、直接に不利益を受ける者であり、それぞれ、不動産売買における買主、売主がこれに該当する(同法第2条第12号・13号)。所有権移転であっても、相続が原因の場合、義務者である被相続人が存在しないため、相続人が単独で登記申請が可能である(同法第63条第3項)。相続においては、所有権の権利者として単独で登記申請ができるのである (同法第62条)。
 売主、買主が存在するときの所有権移転は共同申請をする必要があるが、相談ケースのように、権利者である買主が所有権移転登記を拒否する場合や、反対に、売主が登記申請に応じないなど、共同申請ができないことがある。売主が移転登記に応じないときは、売主の登記名義が残り、実際の所有者である買主名義にならない。これにより、売主は、第三者に二重に売買することが可能となり、不正に代金を取得するなど犯罪を引き起こすことになりかねない。買主が移転登記申請をしなければ、同様のことが起こりかねない。買主が所有権を保全するためには、買主名義に移転登記すべきである。登記名義人が変更されない間、固定資産税、都市計画税が、毎年、登記簿に記載された登記名義人である売主に課されることになる(地方税法第343条第1項・第2項、同法第702条の8)。
 このような不都合を生じさせないためには、登記名義人を実態と整合させる必要がある。旧不動産登記法では、売主(義務者)が所有権移転に応じない場合、買主(権利者)は、裁判により「登記請求認容判決」を得て、単独で登記申請することが可能(旧不動産登記法第27条)だった。対して、買主(権利者)が登記申請をしないときの売主からの「登記せよ」という裁判上の請求権が法文上なく、売主の請求はできなかった。しかしながら、昭和26年の下級審判決で、「権利変動の当事者は相互に登記権利者として他の当事者に対し登記請求権を有すると共に、又登記義務者として他の当事者に対し登記協力義務を負うもの(即ち登記権利者及び登記義務者としての地位を兼有する)であり、旧不動産登記法第26条、同法第27条にいわゆる登記権利者、登記義務者もまたこの意味で使っている」と、権利者、義務者はそれぞれの地位を兼有しているとし、義務者も権利者に対して登記請求権があるとした(【参照判例①】参照)。その後、昭和36年に最高裁が「その登記の当事者の一方は他の当事者に対し、いずれも登記をして真実に合致せしめることを内容とする登記請求権を有するとともに、他の当事者は右登記請求に応じて登記を真実に合致せしめることに協力する義務を負う」と追認している(【参照判例②】参照)。義務者が権利者に要求する請求権を「登記引取」請求権といい、義務者は、裁判により「登記引取請求権認容判決」を得て、単独で移転登記申請が可能と判断された。現在は、改正不動産登記法により、登記協力しない一方に登記手続をすべきことを命ずる確定判決を得て、他方が単独申請できることが明文化されている(不動産登記法第63条第1項)。
について
 土地上に建物等の工作物が老朽化や管理不全等により損壊等があり、近隣に損害を生じさせたときは、その工作物の占有者が損害を賠償する責任を負っているが、占有者が損害発生の防止措置をとっていて占有者に過失がないときは、所有者に損害賠償責任が及ぶ(民法第717条)。不動産売買等により、所有権は売主から買主に移っているが、登記名義人を買主に移転登記せずに、売主が登記名義人の場合、売主が所有者として損害賠償責任を負うかという問題がある。
 裁判例では、「不動産につき、所有権の移転があり、その引渡を了した場合には、未だ登記を経由しない場合においても、旧所有者は、当該不動産に対し既に管理及び処分権を失い、新所有者がこれを取得することは明白であるから、民法第717条の趣旨からすれば、登記を経由しないことを理由に旧所有者に不法行為上の責任を負わしめることは、同条の趣旨に反し、かつ、旧所有者に難きを強いるもの」として、登記の有無にかかわらず、実質の所有者が責任を負うとしているものがある(【参照判例③】参照)。

参照条文

 民法第176条(物権の設定及び移転)
   物権の設定及び移転は、当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる。
 同法第177条(不動産に関する物権の変動の対抗要件)
   不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。
 同法第717条(土地の工作物等の占有者及び所有者の責任)
   土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。
  ・③ (略)
 不動産登記法第1条(目的)
   この法律は、不動産の表示及び不動産に関する権利を公示するための登記に関する制度について定めることにより、国民の権利の保全を図り、もって取引の安全と円滑に資することを目的とする。
 同法第2条(定義)
   この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
  ~十一 (略)
  二 登記権利者 権利に関する登記をすることにより、登記上、直接に利益を受ける者をいい、間接に利益を受ける者を除く。
  三 登記義務者 権利に関する登記をすることにより、登記上、直接に不利益を受ける登記名義人をいい、間接に不利益を受ける登記名義人を除く。
  四~二十四 (略)
 同法第3条(登記することができる権利等)
   登記は、不動産の表示又は不動産についての次に掲げる権利の保存等(保存、設定、移転、変更、処分の制限又は消滅をいう。次条第2項及び第105条第1号において同じ。)についてする。
   所有権
   地上権
   (略)
   地役権
  ・六 (略)
   抵当権
   賃借権
  ・十 (略)
 同法第60条(共同申請)
   権利に関する登記の申請は、法令に別段の定めがある場合を除き、登記権利者及び登記義務者が共同してしなければならない。
 同法第62条(一般承継人による申請)
   登記権利者、登記義務者又は登記名義人が権利に関する登記の申請人となることができる場合において、当該登記権利者、登記義務者又は登記名義人について相続その他の一般承継があったときは、相続人その他の一般承継人は、当該権利に関する登記を申請することができる。
 同法第63条(判決による登記等)
   第60条、第65条又は第89条第1項(同条第2項(第95条第2項において準用する場合を含む。)及び第95条第2項において準用する場合を含む。)の規定にかかわらず、これらの規定により申請を共同してしなければならない者の一方に登記手続をすべきことを命ずる確定判決による登記は、当該申請を共同してしなければならない者の他方が単独で申請することができる。
   相続又は法人の合併による権利の移転の登記は、登記権利者が単独で申請することができる。
   遺贈(相続人に対する遺贈に限る。)による所有権の移転の登記は、第60条の規定にかかわらず、登記権利者が単独で申請することができる。
(旧不動産登記法第27条)
 判決又は相続による登記は登記権利者のみにてこれを申請することを得。
 地方税法第343条(固定資産税の納税義務者等)
   固定資産税は、固定資産の所有者(質権又は100年より永い存続期間の定めのある地上権の目的である土地については、その質権者又は地上権者とする。以下固定資産税について同様とする。)に課する。
   前項の所有者とは、土地又は家屋については、登記簿又は土地補充課税台帳若しくは家屋補充課税台帳に所有者(区分所有に係る家屋については、当該家屋に係る建物の区分所有等に関する法律第2条第2項の区分所有者とする。以下固定資産税について同様とする。)として登記又は登録がされている者をいう。この場合において、所有者として登記又は登録がされている個人が賦課期日前に死亡しているとき、若しくは所有者として登記又は登録がされている法人が同日前に消滅しているとき、又は所有者として登記されている第348条第1項の者が同日前に所有者でなくなっているときは、同日において当該土地又は家屋を現に所有している者をいうものとする。
  ・④ (略)
 同法第359条(固定資産税の賦課期日)
   固定資産税の賦課期日は、当該年度の初日の属する年の1月1日とする。
 同法第702条の6(都市計画税の賦課期日)
   都市計画税の賦課期日は、当該年度の初日の属する年の1月1日とする。
 同法第702条の8(都市計画税の賦課徴収等)
   都市計画税の賦課徴収は、固定資産税の賦課徴収の例によるものとし、特別の事情がある場合を除くほか、固定資産税の賦課徴収とあわせて行うものとする。(後段略)
  ~⑧ (略)

参照判例①

 東京地裁昭和26年11月6日 ウエストロー・ジャパン(要旨)
 不動産登記は物権変動の公示方法であるから、登記と実体上の権利変動少くとも現在の権利関係とを合致させることは登記の理想である。又登記には公信力はないが一応登記に表示された権利関係を真実なものと推測させる効力があるから、実体上の権利関係に符合しない登記があるときは、権利変動の当事者は不利益を蒙るものといわなければならない。されば真実の権利関係に符合しない登記があるときは、これを是正する必要があることは勿論であって、(旧)不動産登記法はこの是正の方法として2、3の規定を設け、その第26条、第27条においては、登記は原則として登記権利者及び登記義務者が共同して申請すべきであり、従って登記手続に応じない登記義務者に対しては、登記権利者は、登記手続に協力せよと請求することができる旨(即ち登記権利者は登記義務者に対し登記請求権をもつ旨)規定している。そしてここにいわゆる登記権利者とは当該登記をすることによって直接利益を受ける者を、又登記義務者とは当該登記をすることによって直接不利益を受ける者を言うものと解すべきことには異論がなく、通常登記をすることによって直接利益を受ける者とは当該登記の記載上権利を取得すべき者を、又登記することによって直接不利益を受ける者とは当該登記の記載上権利を失うべき者をさし、なお登記請求権の法律的性質は物上請求権にほかならないと説明されているが、登記をすることによって直接利益を受ける者は必ずしも右にあげた者に限るものではない。そもそも権利を有する者は、これがために公租公課その他の負担を課せられるのが常であるのみならず、権利があることによってその生活関係に諸種の紛淆注)を蒙ることがあり、即ち反面において一種の不利益を受けることを免れないのであるから、権利がないにも拘わらず権利ありとして登記されている者は、その登記を是正することによって直接利益を受けるものということができ、従って通説にいう前示の者に限らず、当該登記をすることによって登記の記載上権利を失うに至る者もまた登記権利者に当ると解すべきである(この場合における登記義務者は通常権利変動の他の当事者である。)即ち真実の権利関係に合致しない登記があるときは、その権利変動の当事者は相互に登記権利者として他の当事者に対し登記請求権を有すると共に、又登記義務者として他の当事者に対し登記協力義務を負うもの(即ち登記権利者及び登記義務者としての地位を兼有する。)であり、(旧)不動産登記法第26条、第27条にいわゆる登記権利者、登記義務者もまたこの意味で使っているのであつて、従ってまたいわゆる登記請求権もその本質は物上請求権には属しないと解するのが相当である。
 注)ふんこう:「入り乱れること」

参照判例②

 最高裁昭和36年11月24日 ウエストロー・ジャパン(要旨)
 真実の権利関係に合致しない登記があるときは、その登記の当事者の一方は他の当事者に対し、いずれも登記をして真実に合致せしめることを内容とする登記請求権を有するとともに、他の当事者は右登記請求に応じて登記を真実に合致せしめることに協力する義務を負うものというべきである。

参照判例③

 大阪地裁昭和30年4月26日 ウエストロー・ジャパン(要旨)
 不動産に対する登記は、不動産物権の得喪変更があつた場合の対抗要件に過ぎないことは勿論であって、登記名義人が必ずしも実質上の所有者であるということはできない。(中略)
 不法行為の特別の場合として、土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があり、これにより他人に損害を与えた場合には、その損害の賠償を為す責任を負う者は、第一次的にはその工作物の占有者であり、占有者に免責事由がある場合に、その所有者が第二次的に無過失賠償責任を負うものであることは、明らかである。民法第717条の趣旨は、工作物の保存管理に最も密切な地位に在る者にまず責任を負わしめんとするものである。不動産につき、所有権の移転があり、その引渡を了した場合には、未だ登記を経由しない場合においても、旧所有者は、該不動産に対し既に管理及び処分権を失い、新所有者がこれを取得することは明白であるから、同条の前記趣旨からすれば、登記を経由しないことを理由に旧所有者に不法行為上の責任を負わしめることは、同条の趣旨に反し、かつ、旧所有者に難きを強いるものである。

監修者のコメント

 本ケースの買主は、登記は権利の第三者対抗要件だから、登記をしないことにより、損をするのは自分であって、また固定資産税等は自分が負担するので、売主である地主には迷惑をかけることはないと考えているフシがある。したがって、回答(1)の最後にあるように「当事者は登記を真実に合致させるように協力義務があること」「登記に協力しない者に登記手続を命ずる判決を得て、売主が単独で登記申請ができることが、不動産登記法に明文で規定されていること」を説明するとともに、判決を得るためには裁判費用、弁護士費用がかかるが、その原因は、登記に協力しないという買主の一種の債務不履行(法的には受領遅滞)によるものだから、損害賠償責任が生ずる可能性にも言及することが適切である。すなわち、売主が勝つ判決が出ることは明らかだから、裁判などしないで移転登記をしてしまうのが、経済的にも時間的にもお互いのためになることを分からせることである。

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