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ここでは、当センターが行っている不動産相談の中で、消費者や不動産業者の方々に有益と思われる相談内容をQ&A形式のかたちにして掲載しています。
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2106-R-0233掲載日:2021年6月
広告表示権は法的保護の対象か。
当社は宅建業者であるが、ビルの広告用塔屋を所有者から賃借し、広告を掲出する権利、いわゆる広告表示権を有している。ビルの所有者は隣接に所有している土地に新たなビルの建築を計画している。新ビルは、賃借している搭屋よりも高く、建築されると広告効果が減少することは明らかである。
事実関係
当社は、宅建業者兼ビルの管理業者である。当社が管理している駅前の5階建商業ビルの屋上に設置されている看板用塔屋をビルの所有者から借り受け、屋上看板広告の掲出希望者と広告掲出契約をしている。いわゆる広告の表示権を有している者である。
看板掲出用搭屋は、四方を取り囲む大型看板掲出スペースであり、地上駅のホームや駅前広場、メインストリートからの視認性が高い。当社は、ビルが建築された8年前から賃借し、当初から広告を掲出している看板広告の広告主は広告効果が高いことから継続して広告掲出を望んでいる。ビル所有者から、近々、隣接に所有している現在は空地になっている駅側の土地に7階建ビルの建設を計画していることを知らされた。新たなビルが建築されると、賃借している看板搭屋に掲出している広告は新築ビルに遮られ、駅ホームや広場からはほとんど見えなくなる。広告掲出している四方の看板の二方が隠れ、メインストリート側からしか観望できなくなってしまう。これでは看板効果が半減以下となり、広告主から広告掲出契約を解除されることが予測される。広告主との掲出契約解除になると、今後、当社は、継続的な広告掲出料を得ることができなくなってしまう。
質 問
1. | 当社は、ビル所有者に対して、現在の看板広告を新築ビルの屋上搭屋への移設を請求することができるか。 |
2. | ビル所有者から看板広告の移設が拒否された場合、当社は、ビル所有者に対して、ビル建築によって侵害される利益の損害賠償を請求できるか。 |
回 答
1. | 結 論 | ||
⑴ | 質問1.について ― 新築ビルを建築する現在のビル所有者が、看板広告の移設を承諾しない限り、当然に移設を請求できる権利はない。 | ||
⑵ | 質問2.について ― ビルの建築が、社会通念上一般に是認し得る程度を超えて侵害していると判断されない限り、広告表示権の侵害に対して法的保護を求めることはできないと解する。 | ||
2. | 理 由 | ||
⑴ | ⑵について 近年、都心部においては再開発や土地の高度利用が盛んであり、タワーマンションを含め高層建築物の建築が増加している。相談ケースは、既存ビルの搭屋広告が、隣接のビル建築により視認性が侵害されることによる屋上広告の新築ビルへの移設と、移設がかなわない場合には、従来享受している利益をビル建築後の得べかりし利益として要求するものである。「広告表示権」あるいは「広告表示利益」という権利や利益の保護性があるか否か、侵害された被害の回復を求められるか、また、建物建築が権利の濫用に該当するかという問題である。 裁判例では、「特定の場所が広告の観望という観点から一定の価値を有し、その価値を広告表示者が享受することが社会通念上独立した権利・利益と認められる場合は、広告表示利益の侵害行為に対して被害回復等の法的保護の対象となる」としながらも、法的保護を求めることができるのは、「侵害行為の態様及び侵害の程度、被侵害利益の性質及び内容、その他一切の事情を総合的に考慮して、当該行為が、社会通念上一般に是認し得る程度を超えて侵害していると判断される場合に限られる」と解している(【参照判例①】参照)。また、広告表示者が享受していた利益は、広告看板搭屋と広告を視認できる場所との間に「遮蔽物としての高い建物が存在していなかったという偶然の事情によって、本件建物の所有者ないし占有者が、事実上享受した利益すなわち一種の反射的利益に過ぎない」からであり、また権利の濫用性に関して、「建物建築が、故意に広告表示者に損害を与える目的でなされたとか、その地域の状況からみて、社会通念上許容される範囲を超えて、高層であったり、あるいは巨大であったりしたときには、権利の濫用として、許されない場合があり、被った損害を賠償する権利があるというべきであるが、本件建物については、このような事実を認めるに足りる証拠はない」として、ビル建築者である搭屋の所有者に対しての債務不履行(民法第415条)や不法行為(民法第709条)及び権利の濫用(同法第1条第3項)を否定している(【参照判例②】参照)。土地の所有者は、公共の福祉の不適合や信義則、権利の濫用(民法第1条)に抵触しない限り、法令の制限内において所有権に基づきその利用や処分は自由にすることができ(同法第206条)、第三者が、土地の利用等を制限することはできない。 なお、ビル屋上の広告用搭屋に関しては、建築基準法や屋外広告物条例、景観条例などに規制を受けるケースも多いので、注意が必要である。 |
参照条文
○ | 民法第1条(基本原則) | ||
① | 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。 | ||
② | 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。 | ||
③ | 権利の濫用は、これを許さない。 | ||
○ | 同法第206条(所有権の内容) | ||
所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。 | |||
○ | 同法第415条(債務不履行による損害賠償) | ||
① | 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。 | ||
② | (略) | ||
○ | 同法第709条(不法行為による損害賠償) | ||
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。 |
参照判例①
○ | 東京地裁平成17年12月21日 判タ1229号281頁(要旨) | ||
広告の表示に関する権利ないし利益は、常に法的保護の対象となるものではなく、特定の場所が、広告の観望という観点から一定の価値を有するものと評価され、これを表示者において享受することが社会通念上独立した権利ないし利益として承認されるだけの実質的な意義を有するものと認められる場合においてのみ、法的保護の対象となると考えるのが相当である。(中略) 広告表示権は、前記のとおり、法的保護の対象となると考えられるものの、その性質上、周辺の客観的状況が変化することによりおのずから変容ないし制約を受けざるを得ないものであるから、常に完全な形でその享受を他者に主張し得るものでなく、他の競合する権利ないし利益との調和を図る中で容認されるべきものである。したがって、広告表示者が主張する広告表示権の侵害に対して被害の回復等の法的保護を求めることができるのは、侵害行為の態様及び侵害の程度、被侵害利益の性質及び内容、その他一切の事情を総合的に考慮して、当該行為が、社会通念上一般に是認し得る程度を超えて侵害していると判断される場合に限られると解すべきである。 |
参照判例②
○ | 東京地裁昭和57年4月28日 判タ481号86頁(要旨) | ||
本件マンションの建設によって、本件看板広告が、広告としての機能を失ってしまったことは既に認定したとおりであり、本件建物が高速道路からみて、具合よく展望し得るところに位置していることを利用して、広告表示者が本件看板広告を設置して、相当の経済的利益を得ていたことは疑いを容れないところであるが、相当の利益を得ていること、もしくはこれが取引の対象となっていることから、直ちに、その経済的な利益をもたらす眺望利益をもって、法的保護の対象となる私権であると解するのは相当でない。けだし、本件で問題となる眺望利益なるものは、本件建物を所有ないし占有することによって得られる利益であるから、所有権の一属性ということになるのであるが、それは、建物の所有者ないし占有者が、建物自体または内部に対して有する排他的独占的支配と同様な意味において支配または享受し得た利益ではなく、たまたま、本件建物と高速道路との間に遮蔽物としての高い建物が存在していなかったという偶然の事情によって、本件建物の所有者ないし占有者が、事実上享受した利益すなわち一種の反射的利益に過ぎないからである。 換言すると、本件建物が高速道路上から眺望できるためには、本件建物と高速道路との間の他人の土地上に空間を確保することが必要で、眺望利益なるものが私権であるとすると、他人の土地の利用方法を制限できることになるのであるが、かかることが、所有権の属性としてできるとは到底解せられない。 もっとも、本件マンションの建設が、故意に賃借人に損害を与える目的でなされたとか、その地域の状況からみて、社会通念上許容される範囲を超えて、高層であったり、あるいは巨大であったりしたときには、それはあるいは、権利の濫用として、許されない場合があり、そのときには広告表示者はそれによって被った損害を賠償する権利があるというべきであるが、本件マンションについては、このような事実を認めるに足りる証拠はない。 |
監修者のコメント
市街地の様相が時の経過により変貌していくのは当然のことである。したがって、今まで見えていた景観がビルの建築によって見えなくなったという事象は、日常よくみられることである。本相談ケースの場合も、その広告塔の使用契約においてビル所有者が視認範囲を狭めるビルを建てないという約束をしているのであればともかく(おそらくそのような約定は通常考えられない)、そうでない限り、相談者の移設の請求や損害賠償請求は回答のとおり無理である。
しかし、新ビルの建設によって、広告効果が大きく減少してしまうのであるから、公平の観点から事情変更の原則により、効果が減少する分に相当する使用料の減額を請求できる権利は認められ、また広告主がなくなるのであれば、契約解除権が認められるであろう。