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1808-B-0249掲載日:2018年8月
遺産分割協議における再分割協議の可否
当社が管理している不動産の所有者である地主が亡くなり、遺産分割協議が済んでいるにもかかわらず、相続人の1人が遺産分割協議のやり直しを希望している。その相続人は、再分割協議ができれば、再分割で取得する土地の一部売却を当社に依頼したいと言っている。一度決まった遺産分割協議をやり直しても問題ないか。
事実関係
当社は不動産の媒介業者兼管理会社である。長年、不動産の管理や売買で取引のあった、地主である父親が亡くなり、被相続人の子4人が共同相続人として遺産分割協議を終え、それぞれが遺産を相続した。しかし、分割協議成立から半年後、長男が取得した空地になっている土地を二男が欲しいと言い出した。二男は、最初の遺産分割協議で金融資産を取得しているが、その土地を取得できれば、その土地の一部を売却して、売却資金で残った土地に自宅を建築し、あわせて駐車場を経営することも希望している。長男は、ほかに父親が住んでいた自宅敷地と建物を取得しているため、土地を売却して自宅を建築したいという二男の申出に異存はなく、他の相続人2名も理解を示している。
二男は、遺産分割のやり直しができるのであれば、自宅の建築資金の捻出のため、再分割協議で取得予定の土地の一部の売却を当社に依頼したいと言っている。
質 問
共同相続人間で遺産分割協議を成立させた後に、再度、遺産分割協議をやり直すことはできるのか。
回 答
相続人全員の合意があれば、遺産分割協議の再協議は可能である(【参照判例①】参照)。しかし、最初の遺産分割で課される相続税のほか、再協議による遺産分割は、通常の贈与や売買・交換とみなされるので、相続人には別途、贈与税等が課税されることがある。
遺産分割は法律行為であり、法律行為自由の原則(契約自由の原則)により、公序良俗・信義則に反しない限り、当事者間の意思表示が制限を受けることはない。よって、共同相続人間の遺産分割協議は、被相続人が遺言で禁じた場合を除き、いつでもその協議で遺産分割をすることができる(民法第907条)とされている。複数の相続人がいる場合の遺産分割は、当事者である共同相続人が話し合いにより合意するものであり、意思表示の一般原則に従い、無効や取消及び解除が可能とされている(同法第120条、第540条)。また、遺産分割協議後に遺言書が発見された場合、遺言の存在があれば当初の分割をしなかったなどの錯誤により、同協議を無効(同法第95条)とすることができる。
遺産分割の再協議は、法的には、一度成立した遺産分割協議を全員の合意で解除して、再度、遺産分割協議をすることになるので、当初の協議内容の変更ではないと解されている。当然、遺産の再分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずることになる(同法第909条)。
しかし、最初の分割協議を信じて相続人の1人と取引した相手方は、保護される(同法第545条)。たとえば、最初の遺産分割で不動産を取得した相続人名義に不動産の登記がされ、その登記名義人が売主となり、その登記を信じた買主(第三者)がその不動産を購入した場合、その買主は保護される。必ずしも、分割協議の解除により、すべてが原状に復することができるわけではないので、注意が必要である。
なお、遺産分割協議を解除して再協議をした場合でも、当初の分割協議に重大な瑕疵があったり、錯誤または無効となったりしない限り、遺産分割協議のやり直しによって取得した遺産は、遺産分割以外の方法によって取得したものとして取り扱われる。税務上は相続人間の贈与や売買・交換と認定され、贈与税又は、譲渡所得税が課されることになるので注意が必要である(相続税法基本通達19の2-8但書)。
また、当初の遺産分割により不動産登記が行われている場合は、再分割により登記名義人を変更する必要があり、登記されている名義をいったん当初の取得者(被相続人)名義に戻して所有権移転登記を抹消し、再分割協議通りに相続登記することになる。この場合は、登録免許税を再度納付することになる。
一方、共同相続人の一部が他の相続人に対し一定の債務を負担したが、その債務を履行しなかったときであっても、遺産分割協議の解除をできないと解されている。たとえば父親が亡くなった時の遺産相続で、未亡人となった母親の面倒を見る約束で、相続人の1人が他の共同相続人より多くの遺産を相続したにもかかわらず、その相続人が母親の面倒を見なかったため、他の相続人が遺産分割の解除を求めた事案の場合、債務を履行しない場合の分割協議の解除が、遺産分割という法的安定性を害するとの理由により、債務不履行による解除権(民法第541条)は存在しないとして、再分割の訴えが否認された判例がある(【参照判例②】参照)。
遺産の再分割協議は慎重にする必要があり、再協議しないためには共同相続人間の十分な話し合いによる、当事者全員が納得できる合意形成をすることが望まれる。
参照条文
○ | 民法第95条(錯誤) | ||
意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。 | |||
○ | 同法第120条(取消権者) | ||
① | 行為能力の制限によって取り消すことができる行為は、制限行為能力者又はその代理人、承継人若しくは同意をすることができる者に限り、取り消すことができる。 | ||
② | 詐欺又は強迫によって取り消すことができる行為は、瑕疵ある意思表示をした者又はその代理人若しくは承継人に限り、取り消すことができる。 | ||
○ | 同法第540条(解除権の行使) | ||
① | 契約又は法律の規定により当事者の一方が解除権を有するときは、その解除は、相手方に対する意思表示によってする。 | ||
② | 前項の意思表示は、撤回することができない。 | ||
○ | 同法第541条(履行遅滞等による解除権) | ||
当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。 | |||
○ | 同法第545条(解除の効果) | ||
① | 当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。 | ||
② | ・③ (略) | ||
○ | 同法第907条(遺産の分割の協議又は審判等) | ||
① | 共同相続人は、次条の規定により被相続人が遺言で禁じた場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の分割をすることができる。 | ||
② | ・③ (略) | ||
○ | 同法第909条(遺産の分割の効力) | ||
遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない。 | |||
○ | 相続税法基本通達19の2-8 | ||
法第19条の2第2項に規定する「分割」とは、相続開始後において相続又は包括遺贈により取得した財産を現実に共同相続人又は包括受遺者に分属させることをいい、その分割の方法が現物分割、代償分割若しくは換価分割であるか、またその分割の手続が協議、調停若しくは審判による分割であるかを問わないのであるから留意する。 ただし、当初の分割により共同相続人又は包括受遺者に分属した財産を分割のやり直しとして再配分した場合には、その再配分により取得した財産は、同項に規定する分割により取得したものとはならないのであるから留意する。 |
参照判例①
○ | 最高裁平成2年9月27日 判タ754号137頁(要旨) | ||
共同相続人の全員が、既に成立している遺産分割協議の全部又は一部を合意により解除した上、改めて遺産分割協議をすることは、法律上、当然には妨げられるものではない。 |
参照判例②
○ | 最高裁平成元年2月9日 判タ694号88頁(要旨) | ||
共同相続人間において遺産分割協議が成立した場合に、相続人の1人が他の相続人に対して右協議において負担した債務を履行しないときであっても、他の相続人は民法第541条によって右遺産分割協議を解除することができないと解するのが相当である。 |
監修者のコメント
一旦成立した遺産分割協議について、たとえ不満があったとしても、それだけの理由で一部の相続人が、そのやり直しを求めることはできない。遺産分割協議の書面を作成しなくても、協議は口頭でも成立する不要式行為であるから同じである。ただ協議に要素の錯誤があった場合(民法第95条)には無効の主張ができ、また詐欺、強迫があった場合(民法第96条)には、それを理由に取り消すことができると解されている。
もっとも、回答にあるとおり、最高裁は全員の合意があれば、やり直しをすることができるという解釈を打ち出し、この考えは判例として確立したといってよいが、回答のように、税務上、その他新たな問題も生ずることになるので慎重に検討する必要がある。