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1706-R-0175掲載日:2017年6月
賃貸物件の遮音性に関する告知義務
賃貸の媒介をしたが、アパートの遮音が不完全という理由で、賃借人が入居後に賃貸人に対して損害賠償を要求してきた。賃貸人は契約時までに遮音構造について賃借人に告知する必要があるか。
事実関係
当社は、賃貸の媒介業者である。半年前にアパートを所有する賃貸人から媒介の依頼を受け、賃借人を紹介した。当社は、賃借人と同行して当該アパートの内見をした。賃借人は、駅から近く、日当たりもよいという理由で賃借することを決め、期間3年の賃貸借契約を締結した。物件は、1階の部屋で、バス通りに面している。賃借人は、最近当社を訪れ、日中のみならず、夜間もバスの通行音や、駅近のため通行人の話し声が頻繁に聞こえるなど、騒音に悩まされていると訴えてきた。騒音がひどいのは、賃借したアパートの壁が薄いことが原因であり、遮音構造の欠陥であると主張している。賃借人は、賃貸人は、賃借人の賃貸物の使用及び収益に必要な修繕義務を負っており、騒音を遮断する修繕をすべきであるとし、音を遮断する修繕ができないのであれば、債務不履行であり、静穏に居住することを阻害された損害賠償として契約期間当初から契約期間満了までの賃料の3割の値下げを賃貸人に要求している。 また、賃借人は、賃貸人及び当社に対し、契約時に賃借物は遮音構造が不完全で騒音の影響があることを説明せずに契約締結をしたのは告知義務違反であり、別途不法行為による損害賠償を請求するといっている。 当該アパートは、築年数が古く、確かに界壁が薄く、遮音性に問題がないとはいえない。賃貸人は、遮音性の難点以外にも経年変化している部分もあり、賃料は近隣相場より低額に設定している。 |
質 問
1. | 賃貸人は、遮音性の低い物件を修繕する義務はあるか。修繕しないときは、賃借人が要求している賃料の減額に応じなければいけないか。 | |
2. | 賃貸借契約をするときに、賃貸人と媒介した当社は、賃借人に対して建物の遮音性が十分でなく、居住する際には室内に騒音があることを告知する必要があるか。 |
回 答
1. | 結 論 | ||
⑴ | 質問1.について ― 賃貸人は、遮音構造が不十分であっても修繕する義務はない。修繕義務がない限り、賃借人に生活上の騒音による居住に支障があっても、賃借人の損害賠償や賃料の減額請求に応じる必要はない。 | ||
⑵ | 質問2.について ― 賃借人は賃借物を内見しており、賃貸人は、遮音が不十分であり騒音の発生があることを告知する義務はない。 | ||
2. | 理 由 | ||
⑴ | ⑵について 賃貸借の対象物件は、居住に利便性がある駅の近くや容積率の大きい商業地や幅員の広い道路沿いに存在することが多く、しばしば、騒音や生活音等に関するトラブルが起こる。駅近くでは通行人の話し声や騒ぐ人の音、道路沿いや鉄道沿いでは自動車や電車の交通音、住宅地でも動物の鳴き声や近隣・同物件内の生活音等の苦情もある。騒音は、人により感じ方が異なり、万人にとって騒音とはいえないこともあり、生活音は受忍するしかない場合も多い。受忍限度を超える騒音が頻繁にある地域では、賃貸物件の窓を二重サッシにする等、入居者確保のため騒音の軽減を施すこともある。 賃貸人は、賃貸物件の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う(民法第606条第1項)が、「民法上の修繕義務は、賃貸借契約の締結時にもともと設備されているか、あるいは設備されているべきものとして契約の内容に取り込まれていた目的物の性状を基準として、その破損のために使用収益に著しい支障の生じた場合に、賃貸人が賃貸借の目的物を使用収益に支障のない状態に回復すべき作為義務をいうのであって、当初予定された程度以上のものを賃借人において要求できる権利まで含むものではない(【参照判例】参照)」と解されている。つまり、相談の賃借物の遮音性が不十分であったとしても、不十分な遮音性は契約当初からであり、契約後に遮音性が低下したものではないのであるから、賃借人は賃貸人に対して、修繕義務を要求することができない。受忍限度以上の騒音の発生や賃貸人が遮音構造の改善する賃貸借契約での特約がない限り、賃貸人は、民法上の修繕義務は発生しない。賃貸人の修繕義務がなければ、賃貸人が修繕しないことによる賃借人に対しての不法行為の存在は否定され、賃貸人は損害賠償請求に応じる必然性はない。 また、遮音構造に関する賃貸人の告知義務であるが、十分な説明をしなかった場合に告知義務違反となるであろうか。【参照判例】では、賃貸人が界壁の構造について説明をしなかったことについて、「ことさら界壁の構造について嘘を言ったり賃借人の下見を拒んだりをしておらず」、さらに、賃貸借契約に際して、「通常、賃借人は、物件を実際に実見した上で契約するのであるから、賃貸人に告知義務があるとはいえない」としている。騒音が気になるのであれば、賃借物の内見の際に、賃借人自ら外部の音が室内に入り込むのか、壁や窓の構造がどのようになっているか確認したり、賃貸人に問うことができる機会があり、ことさら賃貸人は説明する必要はないであろう。賃貸人に、構造の告知義務がなければ、媒介業者は、賃借人から調査・確認の申し出がない限り、調査・説明義務はないであろう。 |
参照条文
○ | 民法第415条(債務不履行による損害賠償) | ||
債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。 | |||
○ | 民法第606条(賃貸物の修繕等) | ||
① | 賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。 | ||
② | 賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは、賃借人は、これを拒むことができない。 |
参照判例
○ | 東京地裁昭和55年8月26日 判時992号76頁(要旨) | ||
民法の定める「修繕義務」とは、賃貸借契約の締結時にもともと設備されているか、あるいは設備されているべきものとして契約の内容に取り込まれていた目的物の性状を基準として、その破損のために使用収益に著しい支障の生じた場合に、賃貸人が賃貸借の目的物を使用収益に支障のない状態に回復すべき作為義務をいうのであって、当初予定された程度以上のものを賃借人において要求できる権利まで含むものではない。(中略) いわゆる告知義務違反の点についても、賃貸人が本件賃貸借契約締結に際し、とりたてて界壁の構造について説明をしなかったことは認められるが、一方ことさら界壁の構造について嘘を言ったり賃借人の下見を拒んだり等したとの事情は認められず、むしろ界壁の構造遮音効果等については、賃借人自ら実見の上契約するのが通常のことというべきであることからすれば、なるほど一定の契約関係に入ろうとする当事者には信義則の見地から種々の義務が発生するとしても、本件において賃貸人に賃借人主張の告知義務が発生し、賃貸人がこれを怠ったとまでいうことはできない。 |
監修者のコメント
本ケースのような苦情ないしトラブルは、しばしば生じているが、基本的には回答のとおり、賃貸人にも媒介業者にも義務違反はない。また、現実にみられる裁判例でも、賃借人の主観のみによる不合理な要求であるものが見られる。このような事案で判断の大きな要素となるのは、当該アパートの他の賃借人の生活状況であろう。仮に、騒音がひどく、多くの部屋が空いているとか、入居しても騒音を理由に入居者がすぐ出て行ってしまうというような場合は、修繕義務はないとしても、客観的事実を告知すべきであり、また仲介業者がそのことを知っていた場合は告知義務があると解される。もっとも、その場合でも賃貸借の解除の可否が問題となるのであって、当該賃借人が入居したまま損害賠償や賃料減額を請求することは認められないであろう。