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賃貸事例 1704-R-0173掲載日:2017年4月
賃借人の迷惑行為に対する、賃貸人の義務と契約解除の可否
当社が媒介した賃借人が近隣に迷惑行為を続けている。賃貸人は契約解除をして賃借人を退去させることができるか。また、賃貸人は、賃借人の迷惑行為を制止しないときは他の入居者に責任が生じるか。
事実関係
当社は、賃貸の媒介業者である。近時、当社が媒介したアパートの賃借人から、隣室の入居者が、ステレオ等の大きな音を夜中に発生させたり、友人を招き入れて大声で騒いだりするので、安眠できないといった、音に関する苦情が増えている。当社は、賃貸人との間で管理委託契約を結んでいないものの、賃借人は、賃貸借契約を媒介した当社に連絡してくるため、賃借人から苦情があるたびに、賃貸人に連絡して善処を求めている。賃貸人の多くは、直ちに、迷惑行為をする賃借人に対し、大きな音量を出さないように注意するように言っている。しかし、賃貸人の申入れにもかかわらず、賃貸人の注意を聞き入れず、相変わらず迷惑行為を続けている賃借人がいる。賃貸人の中には、迷惑行為を続けている賃借人に対し、賃貸借契約の解除を考えている方もいる。
一方、賃借人の迷惑行為について苦情のあることを賃貸人に連絡しても、入居者の発生させる音は生活する上で当然に生じ、入居者同士の問題でもあるので、賃貸人から注意する必要はないと言っている賃貸人がいる。
質 問
1. | 賃貸人は、賃借人の迷惑行為を理由として、賃借人との間の賃貸借契約を解除することができるか。なお、建物賃貸借契約書には、賃借人が近隣に迷惑行為があった場合、賃貸人が契約解除をすることができる旨の約定はない。 | |
2. | 賃貸人が、他の入居者に対する賃借人の迷惑行為を放置した場合、賃貸人に何らかの責任が生じるか。 |
回 答
1. | 結 論 | |
⑴ | 質問1.について ― 再三の改善要求にもかかわらず、賃借人の迷惑行為が改善されない場合、賃貸人は、賃貸借契約の用法遵守義務違反を理由に契約を解除し、建物の明渡しを求めることができる。 建物賃貸借契約書に、賃借人の迷惑行為による契約解除の条項がない場合でも、契約解除が可能と解されている。 |
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⑵ | 質問2.について ― 賃貸人は、賃借人が、他の賃借人の使用収益を妨げる行為をした場合、その行為を排除すべき義務があり、賃借人が、放置したときは不作為自体が不法行為となり、損害を賠償しなければならない場合がある。 | |
2. | 理 由 | |
⑴ | について 賃借人は、契約又はその目的物の性質によって定まる用法に従い、賃借物を使用収益する義務を負っている(民法第594条、同法第616条)。建物賃貸借契約における賃借物であるアパートの部屋は、入居者が日常生活を過ごす場であり、日常生活においては、平穏かつ安心して暮らすことが期待されている。賃借人は、他の入居者や近隣の住民に迷惑をかけないで部屋を使用することが、用法に従った使用方法である。反面、賃借人自身も、他の入居者から迷惑行為等を被ることの無いように使用収益できることである。 相談ケースのように、賃借人が夜中に騒音を発生させたり、大声で騒いだりすることは、他の入居者へ迷惑行為を及ぼす行為であり、賃借人の用法遵守義務違反に該当する。賃貸人の再三にわたる制止を無視して、賃借人が、近隣への迷惑行為を繰り返す場合には、賃貸人は賃借人の用法遵守義務違反を理由として契約を解除し、部屋の明け渡しを請求することが可能である(同法第541条)。 なお、契約解除が認められる騒音等の迷惑行為の発生の有無は、日常生活する上で、受忍限度を超えるか否かにより判断される。音に関しては、音の発生する時間帯や程度等による。いわゆる生活上やむを得ない軽微な生活音や生活を妨げない些細な行為は除かれる。 アパート等の共同住宅の賃貸借契約では、迷惑行為をしない又は迷惑行為をした場合は契約解除できる旨の特約の有無にかかわらず、賃借人の近隣の迷惑となる行為すなわち義務違反の程度が著しく、賃貸人と賃借人間の信頼関係が破壊されるに至っているときは、賃貸人は催告することなく賃貸借契約を解除することができると解されている(【参照判例①】参照)。 また、賃借人が隣室の音は生活音程度であったが、故意に隣室の壁をたたいたり、大声で怒鳴ったりするなどの嫌がらせ行為を続け、隣室の入居者の退去をさせた事案で、同様に、信頼関係の破壊を容認し、賃貸人は催告することなく賃貸借契約を解除できるとした裁判例がある(【参照判例②】参照)。 |
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⑵ | について 賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約することによって、その効力が生じる(民法第601条)。賃貸人は賃料を受領する代わりに、賃借物を使用収益させる義務を負う。賃借人の使用収益が阻害される場合には、賃貸人は阻害要因を除去しなければならず、賃借人に居住に適さない状態が生じたときは、居住に適するよう解消する義務を負っており、迷惑を生じさせている賃借人の迷惑行為を排除すべき義務がある。賃貸人は、全ての入居者が、住居として、平穏にかつ安心・安全に生活できる環境を提供する義務がある(民法第601条)。 つまり、賃貸人には、アパートに居住する他の賃借人が迷惑を被ることの無いように、他人に迷惑を与える行為をやめさせる義務があることになる。賃貸人は、当該賃借人に対し、迷惑行為の是正を求めることができ、是正を求めることは他の賃借人に対する賃貸人の義務でもある。 賃借人の迷惑行為が何度も繰り返されても、賃貸人が何らの対応や対策を講じないときは、迷惑を被る他の賃借人に対し、賃貸人は、債務不履行や不法行為に基づく損害賠償義務を負う(同法第415条、第709条、同法第710条)場合がある。 また、1棟共同住宅の賃貸人に限らず、個人所有の分譲マンションを賃貸する場合も留意が必要である。区分所有者は、建物の使用に関し、区分所有者の共同の利益に反する行為を禁止している(区分所有法第6条第1項)が、建物を賃借した賃借人は、区分所有者と同等に専有部分を使用しなければならない(区分所有法第6条第3項)とされており、賃貸人である区分所有者が、賃借人の迷惑行為を放置していた場合、賃貸人の不作為自体が不法行為とされ、損害賠償請求が容認された裁判例がある(【参照判例③】参照)。 媒介業者は、賃借人の行為が他の入居者や近隣住民に迷惑を及ぼすことを認識したときは、賃貸人に、賃借人の迷惑行為を排除しなければならないことを理解させるべきであろう。 |
参照条文
○ | 民法第415条(債務不履行による損害賠償) | ||
債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。 | |||
○ | 同法第541条(履行遅滞等による解除権) | ||
当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。 | |||
○ | 同法第594条(借主による使用及び収益) | ||
① | 借主は、契約又はその目的物の性質によって定まった用法に従い、その物の使用及び収益をしなければならない。 | ||
② | ・③ (略) | ||
○ | 同法第601条(賃貸借) | ||
賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。 | |||
○ | 同法第616条(使用貸借の規定の準用) | ||
第594条第1項、第597条第1項及び第598条の規定は、賃貸借について準用する。 | |||
○ | 同法第709条(不法行為による損害賠償) | ||
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。 | |||
○ | 同法第710条(財産以外の損害の賠償) | ||
他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。 | |||
○ | 建物の区分所有等に関する法律(区分所有法)第6条(区分所有者の権利義務等) | ||
① | 区分所有者は、建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をしてはならない。 | ||
② | (略) | ||
③ | 第1項の規定は、区分所有者以外の専有部分の占有者に準用する。 |
参照判例①
○ | 東京高裁昭和61年10月28日 判タ641号136頁(要旨) | ||
右特約の有無にかかわらず、本件のような共同住宅の賃貸借契約の場合にあっては、賃貸人が各賃借人に対しそれぞれ平穏に居住させる義務を負っている半面、賃借人は他の賃借人など近隣の迷惑となる行為をしてはならない義務を賃貸人に対し負っているものと解される。そして、近隣の迷惑となる行為すなわち義務違反の程度が著しく、賃貸人と賃借人間の信頼関係が破壊されるに至っているときは、賃貸人は催告することなく賃貸借契約を解除することができると解するのが相当である。 |
参照判例②
○ | 東京地裁平成10年5月12日 判時1664号75頁(要旨) | ||
賃借人らは、隣室から発生する騒音は社会生活上の受忍限度を超える程度のものではなかったのであるから、共同生活における日常生活上、通常発生する騒音としてこれを受容すべきであったにもかかわらず、何回も、執拗に、音がうるさいなどと文句を言い、壁をたたいたり大声で怒鳴ったりするなどの嫌がらせ行為を続け、結局、これら住人をして、隣室からの退去を余儀なくさせるに至ったものであり、賃借人らの行為は、本件賃貸借契約の特約において、禁止事項とされている近隣の迷惑となる行為に該当し、また、解除事由とされている共同生活上の秩序を乱す行為に該当するものと認めざることができる。 そして、賃借人らの右行為によって、当該居室の両隣の部屋が長期間にわたって空室状態となり、賃貸人らが多額の損害を被っていることなど前記認定の事実関係によれば、賃借人らの右行為は、本件賃貸借における信頼関係を破壊する行為にあたるというべきである。 |
参照判例③
○ | 東京地裁平成17年12月14日 判タ1249号179頁(要旨) | ||
建物の区分所有等に関する法律(区分所有法)第6条第1項は、区分所有者に対し、建物の使用に関し、区分所有者の共同の利益に反する行為を禁止しているところ、同項は、同条第3項において、区分所有者以外の専有部分の占有者に準用されているから、賃貸人と賃借人はそれぞれが他の居住者に迷惑をかけないよう専有部分を使用する義務を負っているということができる。 しかし、専ら賃借人が専有部分を使用している場合も、賃借人の前記義務が消滅するものではなく、賃貸人は、その義務を履行すべく、賃借人の選定から十分な注意を払うべきであり、また、賃貸後は、賃借人の使用状況について相当の注意を払い、もし、賃借人が他の居住者に迷惑をかけるような状況を発見したのであれば、直ちに是正措置を講じるべきである。 賃貸人は、賃借人が他の居住者に迷惑をかけるような態様で専有部分を使用している場合には、その迷惑行為の禁止、あるいは改善を求めることができると解され、更には、本件賃貸借契約を解除することによって、迷惑な状況を除去しうる立場にあるといえる。 したがって、賃貸人がその是正措置を取りさえすれば、その違法な使用状況が除去されるのに、あえて、賃貸人がその状況に対し何らの措置を取らず、放置し、そのために、他人に損害が発生した場合も、賃借人の違法な使用状況を放置したという不作為自体が不法行為を構成する場合があるというべきである。 |
監修者のコメント
本ケースにおける法的問題については、「回答」に付け加えるべきことはないが、賃貸人からの解除でも、賃借人から賃借人への損害賠償でも、迷惑行為を理由とするのであるから、その証拠が必要である。話合いでは解決せず、訴訟になった場合は、迷惑行為の客観的証拠が必須である。第三者である住人の「うるさいことは間違いない」という証言のみでは不十分であって、騒音の日時を特定した録音あるいは騒音測定器による測定値などが必要である。
なお、本ケースのようなトラブルが存在していることを仲介業者が知っているときは、賃借人募集に際して、その事実を告知する義務があるので注意されたい。