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賃貸事例 1612-R-0167掲載日:2016年12月
賃貸借契約における定額補修分担金特約の有効性
賃貸の募集にあたり、大家から契約条項として定額補修分担金特約を定めたいと希望があったが、そのような特約を定めることはできるのか。
事実関係
当社は賃貸の媒介業者である。大家から新築アパートの客付を依頼されたが、賃貸条件として、賃貸借契約締結時に敷金とは別途、賃借人が退去する際の原状回復費用として、一定額を預かる定額補修分担金特約を定めたいとの要望があった。大家は他にも賃貸物件を所有しており、これまで原状回復費用の負担について賃借人とたびたびトラブルにみまわれてきた。そのため、あらかじめ退去時に賃借人が負担するであろう一定額の補修分担金額を定めておくことにより、円滑な契約解除と賃借人退去を実現したいと考えている。
特約で定めた補修分担金は、原状回復費用として使用し、その費用が受領した金額よりかさんだとしても、それ以上の費用は賃借人に請求しないとしている。また、たとえ原状回復費用が受領の補修金を下回り、賃借人の費用負担がない場合でも、補修分担金は賃借人に返還しないとしている。ただし、賃借人の故意・過失で生じた費用については、定額補修分担金特約によりあらかじめ預かっている補修金とは別に、請求するとのことである。
この定額補修分担金額は、家賃の2か月分を予定している。これは、大家の賃貸事業の経験から、賃借人の負担する額が家賃の2か月分程度が多いことから決めた。なお、畳、襖の取換え費用、ハウスクリーニング費用については、賃貸借契約書に賃借人の負担とする特約は設けず、これを定額補修分担金で賄うとする特約である。
質 問
賃貸借契約の際の条件として、敷金とは別に賃借人に返還しない一定額の定額補修分担金(原状回復費用の賃借人負担分)を大家が受領する特約を結ぶことに、問題はないか。
回 答
1. | 結 論 | |
賃借人が負担する定額補修分担金特約は、消費者契約法により無効となる可能性があり、紛争を避けるためにはそのような特約を締結すべきでない。 | ||
2. | 理 由 | |
賃貸借契約では、契約解除に伴う賃借人の退去時の原状回復費用を巡って、賃貸人と賃借人との間でトラブルが多い。原状回復は賃借人の義務(民法第598条)であるが、これは、賃借人が賃借する上で持ち込んだ家財等を収去する旨が基本と解するのが適切で、国土交通省の原状回復ガイドラインからも、賃借物件の経年変化や自然損耗についての原状回復費用は、家賃の中に含まれるものとして、賃貸人が負担することが望ましい。 判例でも、「修理・回復費用は定額補修分担金で賄い、修理・回復費用が同分担金を上回った場合でも下回った場合でも賃借人に返還しない(ただし、賃借人の故意・過失による損傷は除く)」、「入居の長短にかかわらず返還しない」とした定額補修分担金特約が消費者契約法第10条(【参照条文】参照)により、消費者に不利な特約として無効とされ、賃借人の返還請求が容認されたものがある(【参照判例】参照)。 あらかじめ賃借人が負担する原状回復費用を定めておくことは、退去時の紛争防止対策としては一見合理的にも見えるが、本来は賃貸人が負担すべき原状回復費用を賃借人に負担させることは、消費者の義務が加重されていると言える。消費者は、賃借人と賃貸人との情報量や経験値の差などにより、賃借人が賃貸人と定額補修金の分担金額の内容や水準を交渉するのは難しい。また、双方の負担割合を賃貸人が一方的に決定しがちであり、そうなると本来対等であるべき賃借人の権利を害し、消費者である賃借人の権利を一方的に害することもある。これは、民法の基本原則(民法第1条第2項)に反するものである。 消費者契約法は、事業者と消費者との契約について、消費者が契約を取り消したり、不利な契約条項を避けたりする場合のルールを定めたものである。賃貸借契約における賃貸人は事業者として位置付けられるので、賃貸人(事業者)と賃借人(消費者)との間の居住用建物の賃貸借契約は、同法の適用対象となる。 |
参照条文
○ | 民法第1条(基本原則) | ||
① | (略) | ||
② | 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。 | ||
③ | (略) | ||
○ | 同法第598条(借主による収去) | ||
借主は、借用物を原状に復して、これに附属させた物を収去することができる。 | |||
○ | 同法第616条(使用貸借の規定の準用) | ||
第594条第1項、第597条第1項及び第598条の規定は、賃貸借について準用する。 | |||
○ | 消費者契約法第10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効) | ||
民法、商法(明治32年法律第48号)その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。 |
参照判例
○ | 京都地裁平成20年4月30日 判タ1281号316頁(要旨) | ||
定額補修分担金特約は消費者たる賃借人が賃料の支払という態様の中で負担する通常損耗部分の回復費用以外に本来負担しなくてもいい通常損耗部分の回復費用の負担を強いるものであり、民法が規定する場合に比して消費者の義務を加重している特約と言える。―(中略)― そうすると、本件補修分担金特約に基づいて賃借人に対し、分担金の負担をさせることは民法第1条第2項に規定する基本原則に反し消費者の利益を一方的に害するといえる。 ―(略)― 以上によれば、本件補修分担金特約は民法の任意規定の適用に比して賃借人の義務を加重するものというべきで、信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するもので、消費者契約法第10条に該当し、無効である。 |
監修者のコメント
回答に掲げられている京都地裁の裁判例のほか、高裁レベルでも大阪高裁において定額補修分担金特約について無効とするいくつかの判例がある。しかし、これらの判決と前後して相次いで出された敷引き(敷金の償却)特約と更新料支払特約の無効判決が、その後最高裁において否定されている。すなわち、いずれも「特に高額でなければ、消費者契約法第10条の後段に該当せず有効」として下級審の判断を覆している。
定額補修分担金特約についての最高裁の判決は、まだないが、上記の最高裁判決の判決理由からみて、これも特に高額でなければ有効と判断される可能性が高いと予想する専門家も多い。本ケースの家賃2か月分というのは、特に高額とはいえないであろう。
ただ、たとえ下級審の判例といえども、無効だとする判決がいくつもあり、明確に有効だという最高裁判決が出ていない以上、無効を主張され、紛糾する可能性があることは間違いない。
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