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賃貸事例 0902-R-0058掲載日:2009年2月
抵当権者に対抗できない賃借人の賃料と敷金との相殺
抵当権者に対抗できない賃貸借の賃借人は、競売の場合に、従前の貸主に差し入れている敷金を回収するため、賃料と敷金返還請求権との相殺を行うことができるか。
事実関係 | |
当社は賃貸の媒介業者であるが、2年前(平成18年)に当社が賃貸の媒介をした抵当権付きの建物が競売にかかり、近日中にその所有者が代わる。 そのような状況の中で、入居者から、現在の賃貸借契約がどうなるのかという質問が来ている。 なお、当社としては、入居の際の重要事項説明として、賃貸物件に抵当権が付いていることだけは説明をしている。 |
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質問 | |
1. | 本件の場合は、賃貸借契約の締結が平成16年4月1日以降のものであるから、民法第395条の規定により、6か月間の明渡し猶予の規定の適用を受けると思うが、どうか。 もし、そうだとした場合、その6か月間は現在の所有者(貸主)との間の敷金関係が、新しい所有者(競落人)に承継されるのか。 |
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2. | このような場合、現在の所有者との間の賃貸借契約で、賃料の支払方法が前払方式(翌月分を当月末日までに支払う方式)になっているときは、前払分の回収が貸主からできないことも考えられるので、これを後払方式に変更しても問題ないか。 | |
3. | 上記質問1.2.の場合に、現在の所有者(貸主)との間の前払賃料や敷金が戻ってこないときは、少額訴訟でその回収を図るのが簡便だと思うが、どうか。 | |
回答 | |
1.結論 | ||
(1) | 質問1.について――前段の質問についてはそのとおりであるが、後段の質問については、新しい所有者(競落人)には敷金関係は承継されない。 | |
(2) | 質問2.について――借主にとって、現在の所有者(貸主)からの前払分の回収が難しいと想定できるのであれば、賃料の支払を後払いにしても、やむを得ない措置として是認されることもありえよう。 | |
(3) | 質問3.について――少額訴訟もひとつの方法ではあるが、本件の被告は競売の際の債務者であるから、勝訴判決は得られても、敷金や前払賃料がすんなりと返還されるとは限らない。したがって、借主としては、事前の話し合い等により、賃料を後払いとしたり、敷金を賃料と相殺する等により、事実上の回収を図ることも可能であろう。 | |
2.理由 |
(1)について 本件の賃貸借契約は、【事実関係】にもあるとおり、平成16年4月1日以降の契約で、かつ、抵当権設定後の(抵当権者に対抗できない)賃貸借であるから、民法第395条の適用のある賃貸借ということになり、したがって、賃借人にとっては、6か月間の明渡し猶予のある賃貸借ということになる。 しかし、賃借人にとっては、明渡しの猶予はあっても、新しい所有者(競落人)との間に賃貸借契約があるわけではないので、賃借人が前所有者に差し入れていた敷金が新しい所有者(競落人)に承継されることはなく、単に明渡しが猶予されているに過ぎないという関係になる。 |
(2)(3)について
本件のように抵当権者に対抗できない賃借人は、新しい所有者である競落人との間で、新たな賃貸借契約が締結されない限り、6か月以内に建物を明渡さなければならない運命にある。 ということは、裏を返せば、新しい所有者(競落人)には、現在の賃借人との間に賃貸借契約を締結する義務はないということである。 したがって、このような弱い立場にある賃借人が、前払いした賃料や敷金の回収を図るために、やむを得ず賃料を後払いにしたり、賃料との相殺により事実上の回収を図ったとしても、少なくともそのことについて事前に貸主との間で話し合いがなされている限り、違法な行為として問題にされるようなことはないと考えられる。ちなみに、現在の所有者である賃貸人に破産手続や民事再生手続の開始決定がなされたときは、賃借人は、将来の敷金返還請求に備え、前者の場合には、これから支払う賃料についての「寄託請求」をすることができ(破産法第70条後段)、後者の場合には、これから支払う賃料の6か月分を限度としてこれを「共益債権」とする賃借人の保護制度(相殺権確保制度)が設けられている(民事再生法第92条第3項)。 |
参照条文 | ||
○ 民法第395条(抵当建物使用者の引渡しの猶予) | ||
(1) | 抵当権者に対抗することができない賃貸借により抵当権の目的である建物の使用又は収益をする者であって次に掲げる者(次項において「抵当建物使用者」という。)は、その建物の競売における買受人の買受けの時から6か月を経過するまでは、その建物を買受人に引き渡すことを要しない。 一 競売手続の開始前から使用又は収益をする者 二 (略) |
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(2) | (略) | |
○ 破産法第70条(停止条件付債権等を有する者による寄託の請求) | ||
停止条件付債権又は将来の請求権を有する者は、破産者に対する債務を弁済する場合には、後に相殺をするため、その債権額の限度において弁済額の寄託を請求することができる。敷金の返還請求権を有する者が破産者に対する賃料債務を弁済する場合も、同様とする。 | ||
○ 民事再生法第92条第3項(相殺権) | ||
(1) | (略) | |
(2) | 再生債権者が再生手続開始当時再生債務者に対して負担する債務が賃料債務である場合には、再生債権者は、再生手続開始後にその弁済期が到来すべき賃料債務(前項の債権届出期間の満了後にその弁済期が到来すべきものを含む。次項において同じ。)については、再生手続開始の時における賃料の6か月分に相当する額を限度として、前項の債権届出期間内に限り、再生計画の定めるところによらないで、相殺をすることができる。 | |
(3) | 前項に規定する場合において、再生債権者が、再生手続開始後にその弁済期が到来すべき賃料債務について、再生手続開始後その弁済期に弁済をしたときは、再生債権者が有する敷金の返還請求権は、再生手続開始の時における賃料の6か月分に相当する額(同項の規定により相殺をする場合には、相殺により免れる賃料債務の額を控除した額)の範囲内におけるその弁済額を限度として、共益債権とする。 | |
(4) | (略) | |
監修者のコメント | |
抵当権との関係で「短期賃貸借の保護」をする制度が廃止された平成16年4月1日以降に締結された賃借権は、契約期間の長短にかかわらず、競売された場合、賃借権を競落人(買受人)に対抗し得ないこととなった。「対抗し得ない」ことの最も大きな効果は、建物の明渡しを余儀なくされることもさることながら、敷金の返還請求を新所有者である競落人にできないことである。前所有者(元の貸主)に返還請求をすることになるが、競売された者にその負担能力はない。これを未然に防止するための現実的な手立てはないのが実情である。 |
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