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賃貸事例 1304-R-0117掲載日:2013年4月
始期付建物賃貸借契約の始期到来前のキャンセルとその対応
始期付の居住用建物賃貸借契約において、始期到来前にキャンセルされたときは、媒介業者としてどのように対応したらよいか。
そもそも始期付の賃貸借契約というのは、どのような契約なのか。始期の到来前にキャンセルされた場合、貸主に損害賠償請求権が発生するのか。もし発生するとした場合、それはどのような損害か。すでに受領している敷金、礼金、媒介手数料の取扱いはどうなるか。
事実関係
当社は賃貸の媒介業者であるが、居住用の建物賃貸借契約の借主の中には、賃料の支払いなどの効力の発生を将来の日とするいわゆる始期付の建物賃貸借契約が成立したあとに、その賃貸借契約を始期の到来前にキャンセルする者がいる。そのような場合、それまでに貸主が受け取っている金銭をどのように処理したらよいか、よくわからなくなる。
その理由として、貸主にとっては、始期付の契約であっても、契約はすでに成立しているわけであるから、これがキャンセルされた以上、何がしかの損害が発生するであろうし、他方、借主にとっては、賃貸借契約が始期付の契約であることから、始期の到来前はまだ契約の効力が生じていないので、その契約の効力としての損害賠償請求というのは貸主はできないのではないかと考えられるからである。そうなると、媒介業者としては、何を根拠に、どのようにこの種のトラブルを解決したらよいかわからなくなる。
質問
- そもそも、始期付の賃貸借契約において、その始期の到来前に契約をキャンセルすることはできるのか。
- 本件のキャンセルに基づく損害賠償請求ということになると、本件の場合はすでに契約が成立しているので、いかに契約の効力が生じていないとはいえ、借主の債務不履行(=成立している契約を履行しないという債務不履行)にはなると思うが、どうか。もしそうであれば、貸主は、実際に被った損害について、民法第415条の規定に基づいて借主に賠償請求をすることができると思うが、どうか。
- 始期付の賃貸借契約で、始期が到来していないために契約の効力がまだ生じていないということは、たとえば契約の始期として定めた賃料の支払い時期がまだ到来していないために、賃料の不払い等の債務不履行に基づく損害賠償請求や契約の解除、あるいは約定に基づく1か月前の解約の申入れなどの契約上の効力がまだ生じていないということであると思うが、そのとおりの理解でよいか。
- 上記【質問】2.に関連し、貸主が、その実損についての損害賠償請求をすることができるとした場合、その実損額というのはどのように算定するのか。敷金や礼金の扱いはどのようになるのか。
回答
1. | 結 論 | |
⑴ | 質問1.について ― 原則として、できない。 | |
⑵ | 質問2.について ― そのとおり、本件の場合は借主に解約権が留保されているわけではないので、貸主は、借主の債務不履行により貸主が実際に被った損害を賠償請求することができる。 | |
⑶ | 質問3.について ― そのとおりの理解でよい。 | |
⑷ | 質問4.について ― 実損額の具体例としては、次の賃貸借契約が成立するまでの間の賃料相当額の損害ということになるのであるが、その具体的な額については、個別の事情にもよるが、一般的には賃料の1~2か月分相当額程度が最も当事者を説得しやすい額になるのではないかと考えられる。 なお、敷金、礼金の取扱いについては、いずれもその全額を借主に返還すべきであり、その中から、借主が貸主に支払うべき損害賠償額を差し引くということになろう。 |
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2. | 理 由 | |
⑴ | について | |
始期付の賃貸借契約においては、始期が到来するまでは契約の効力が生じないというのはそのとおりであるが、契約そのものは「始期付」という期限付の契約として成立しているので、契約の当事者が、その成立している契約を一方的にキャンセルするには、その契約の当事者にあらかじめ解約権が留保(約定)されているか、相手方の債務不履行等により契約を解除するかのいずれかの場合でなければできないからである。 | ||
⑵ | について | |
結論で述べたとおり、賃貸借契約が成立している以上、貸主は、借主の債務不履行を理由に、貸主が被った損害を借主に賠償請求することができる(民法第415条、第416条)。 | ||
⑶ | について | |
(略) | ||
⑷ | について | |
貸主が被る損害は、始期付の賃貸借契約によって予定されていた賃料が入ってこなくなるということである。しかし、その損害がどの程度まで認められるのかということになると、次の借主との賃貸借契約が成立するまでに、通常どの程度の期間が必要となるかという難しい問題が前提になるので、結論にも述べたとおり、本件の場合は居住用の建物でもあり、一般的には賃料の1~2か月分相当額程度のところで話し合いをまとめるのが、最も当事者を説得しやすいのではないかと考えられる。 その理由は、居住用の建物賃貸借契約においては、一般に解約申入れの予告期間が1~2か月程度とされており、かつ、即時に解約する場合の賃料相当損害金も賃料の1~2か月分程度とされているからなのである。 なお、敷金、礼金の取扱いについては、本件の場合は取引の関係者が、本件の契約をその効力が生じる前に終了させるわけであるから、いずれもその全額を借主に返還すべきであり、そのうえで、借主が貸主に支払うべき損害賠償額を差し引くというのが適当であろう。 |
参照条文
○ | 民法第415条(債務不履行による損害賠償) | |
債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。 | ||
○ | 民法第416条(損害賠償の範囲) | |
① | 債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。 | |
② | 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見し、又は予見することができたときは、その債権者は、その賠償を請求することができる。 |
監修者のコメント
純粋の「始期付」であれば、契約は成立するが、契約の効力がその始期に初めて生ずるものである。しかし、これに似ているが世上しばしばあるのが、契約の成立と同時に効力が生ずるが、入居が将来の日であるにすぎないというものである。ただ、いずれの場合でも契約が一旦成立している以上、特約がなければ、一方的にキャンセルすることはできず、それを強行した場合は回答のとおり、債務不履行であり、損害賠償の問題となる。
こういう紛争を防止するためには、始期到来前の解約について違約金を約定しておくことが望ましい。
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