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ホームページに掲載しています不動産相談事例の「回答」「参照条文」「参照判例」「監修者のコメント」は、改正民法(令和2年4月1日施行)に依らず、旧民法で表示されているものが含まれております。適宜、改正民法を参照または読み替えていただくようお願いいたします。
ここでは、当センターが行っている不動産相談の中で、消費者や不動産業者の方々に有益と思われる相談内容をQ&A形式のかたちにして掲載しています。
掲載されている回答は、あくまでも個別の相談内容に即したものであることをご了承のうえご参照ください。
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2112-R-0242掲載日:2021年12月
賃借人が、成年被後見人になったときは契約解除できる約定の可否
当社は、賃貸の媒介業者である。賃貸人が、高齢者の入居に際し、契約条項に、賃借人が、後見開始の審判を受けたときは、契約解除できる旨の約定を希望しているケースがある。このような約定について、法的効力などの問題はないか。
事実関係
近年、当社の営業エリアも高齢化が進み、顧客も高齢者が増えている。当社が媒介する賃貸物件の居住目的の入居希望者も高齢者が少なからずいる。高齢者である入居者に認知症等が発症すると、財産管理や身上看護のためや、詐欺等の被害に備え、家族が、後見人になるケースが増えると予測される。入居者が、成年被後見人となれば、入居者の日常生活に困難が生じたり、コミュニケーションにも支障が出る可能性がある。
このような理由で、賃貸人の中には、高齢入居者が病気になって動けなくなったり、孤独死があったときは煩わしいとか、認知症になって近隣に迷惑をかけるのではないかという心配をし、高齢者の入居を敬遠する者がいる。
質 問
1. | 賃貸借契約書に、「賃貸人は、賃借人が成年被後見人となる審判を受けたときは、賃貸借契約を解除できる」旨の約定をすることができるか。 |
2. | 賃借人が成年被後見人の審判を受けた後に、成年後見人の希望により、賃貸借契約を解除する場合に、何か特別な手続が必要となるのか。 |
回 答
1. | 結 論 | ||
⑴ | 質問1.について ― 民法の基本原則である信義則に反し、消費者契約法上、もっと広くいえば、公序良俗違反(民法第90条)によって、賃貸借契約の解除条項は無効と解されていたが、令和元年6月施行の改正消費者契約法において、明文規定をもって無効とされた。 | ||
⑵ | 質問2.について ― 賃貸借契約の解除は、成年被後見人の居住用財産の処分に該当し、成年後見人が、家庭裁判所に申し立て、許可を得る必要がある。 | ||
2. | 理 由 | ||
⑴ | について 賃貸借契約の賃貸人が個人であっても、賃貸経営をする以上は、賃貸人は事業者として扱われる。居住目的で賃貸借契約をする個人は消費者であり、この賃貸人と賃借人との間の賃貸借契約は、消費者契約であり、消費者契約法が適用となる(消費者契約法第2条第1項~3項)。なお、賃借人が個人であっても、賃借物の対象や目的が店舗や事務所等の事業用の場合の賃貸借契約は、その個人は事業者にあたるため消費者契約に該当しない(同法第2条第1項括弧書)。 消費者契約では、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する条項は、民法に規定する基本原則(民法第1条第2項)に反して消費者の利益を一方的に害するものとして無効とされる(消費者契約法第10条)。 相談のケースの、賃借人の成年被後見人の審判を解除事由とする条項についてみると、成年被後見人及び被保佐人の開始審判や申立てについては、賃借人の資力とは無関係な事由であり、申立てによって財産の管理が行われることになるから、むしろ、賃料債務の履行が確保される事由ということができる。したがって、この点については、消費者契約法第10条前段及び後段に該当し、契約解除条項は無効であるとし、消費者的各団体が訴えた契約書の差止請求が容認された裁判例がある(【参照判例】後段参照)。 もっと広くいえば、不動産業の遂行においても、人権尊重の精神に反する行為を行わないことは重要であり、国土交通省からの業界団体向けの通知やガイドライン、各都道府県の不動産業課における人権パンフレットにおいて、宅建業者がこれに反する業務を行わないこと、宅建業者でない賃貸人にも啓発を行うことなどが求められている。 しかし、その後、令和元年6月15日施行の改正消費者契約法において、消費者の後見開始等を解除理由とする契約条項を無効とする明文規定が設けられた(同法第8条の3)。 したがって、相談ケースの「賃借人が成年後見人となる審判を受けたときは、賃貸人は賃貸借契約を解除できる」旨の約定は、明らかに無効であり、同条は強行規定であるから、これに反する特約は、仮に賃借人が認めていたとしても無効である。 |
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⑵ | について 成年被後見人の財産管理は、代理権の範囲で、成年後見人の判断に任されているが、居住用不動産の処分については、成年後見人の申立てにより、家庭裁判所の許可を要する。居住財産の売却に、許可を要することは、広く宅建業者に認識されているが、居住目的で賃借している賃貸借契約の解除をする際も許可が必要であり、成年後見人の判断のみで解除することはできないので、特に注意を要する。許可に必要な居住用不動産の処分は、売却のほか、賃貸、賃貸借の解除又は抵当権の設定、その他、不動産質権や譲渡担保等の担保権の設定、建物の取壊し等も含むと考えられる(民法第859条の3)。なお、許可を得ないでした居住用不動産の処分は、無効と解されている。 居住用不動産の範囲は、現に居住している不動産に限らず、施設入居前や病院入院前に居住していた建物、転居予定で購入し未居住建物等や、転居のために賃借した賃貸物件も含むと考えられる。 |
参照条文
○ | 民法第1条(基本原則) | ||
① | (略) | ||
② | 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。 | ||
③ | 権利の濫用は、これを許さない。 | ||
○ | 同法第90条(公序良俗) | ||
公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。 | |||
○ | 同法第859条の3(成年被後見人の居住用不動産の処分についての許可) | ||
成年後見人は、成年被後見人に代わって、その居住の用に供する建物又はその敷地について、売却、賃貸、賃貸借の解除又は抵当権の設定その他これらに準ずる処分をするには、家庭裁判所の許可を得なければならない。 | |||
○ | 消費者契約法第2条(定義) | ||
① | この法律において「消費者」とは、個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)をいう。 | ||
② | この法律(第43条第2項第2号を除く。)において「事業者」とは、法人その他の団体及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人をいう。 | ||
③ | この法律において「消費者契約」とは、消費者と事業者との間で締結される契約をいう。 | ||
④ | (略) | ||
○ | 同法第8条の3(事業者に対し後見開始の審判等による解除権を付与する条項の無効) | ||
事業者に対し、消費者が後見開始、保佐開始又は補助開始の審判を受けたことのみを理由とする解除権を付与する消費者契約(消費者が事業者に対し物品、権利、役務その他の消費者契約の目的となるものを提供することとされているものを除く。)の条項は、無効とする。 | |||
○ | 同法第10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効) | ||
消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。 |
参照判例
○ | 大阪地裁平成24年11月12日 判タ1387号207頁(要旨) | ||
本件解除条項のうち、解散、破産、民事再生、会社整理、会社更生、競売、仮差押、仮処分及び強制執行の決定又は申立てについては、賃借人の支払不能状態、経済的破綻を徴表する事由であり、賃貸借契約当事者間の信頼関係を破壊する程度の賃料債務の履行の遅滞が確実視される事由ということができる。したがって、本件解除条項のうち、上記の事由が発生した場合に賃貸借契約の解除を認める部分は信義則に反するものではなく、消費者契約法第10条後段に該当しない。(中略) 他方、成年被後見人及び被保佐人の開始審判や申立てについては、賃借人の資力とは無関係な事由であり、申立てによって財産の管理が行われることになるから、むしろ、賃料債務の履行が確保される事由ということができる。したがって、この点については、同法第10条前段及び後段に該当するから、同法第12条第3項に基づく差し止めが認められる(大阪高裁平成25年10月17日控訴審において支持判決)。 |
監修者のコメント
本ケースのように、賃借人が成年被後見人になった、すなわち後見開始の審判を受けたという一事のみをもって賃貸借の解除ができるというのは、回答のとおり無効であり、紹介している裁判例もそのような考えに基づいている。
ただ、それは成年被後見人になったということ自体で解除できるという条項は効力を有しないということであり、どのような状況でも成年被後見人に対しては解除できないという意味ではない。その成年被後見人が深夜徘徊して近隣に迷惑をかけたり、奇声を発して共同生活秩序を乱しているのに、成年後見人がこれを放置し、賃貸人の要望に応えないなどの状況がある場合は、賃貸借契約の継続が困難という理由で解除が認められる場合もあるであろう。