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1910-R-0210
建物賃貸借の中途解約における保証金の償却を賃貸人が全額控除することの可否。

 当社は店舗の賃貸の媒介をしたが、賃借人が賃貸人に預託している保証金の償却に関する契約条項の適用に関連して、返還額について当事者間で揉めている。

事実関係

 当社は賃貸の媒介業者である。3年前に期間5年とする事務所賃貸借の媒介をした。賃借人である法人は、同市内の駅に近い立地の新築ビルに移転することになったので、約定に従い1か月前予告のうえ賃貸借契約を中途解約した。賃貸借契約では、「賃借人は本契約から生じる債務の担保として、契約時に月額賃料の10か月相当分を賃貸人に保証金として預託し、契約期間満了時は、賃貸人は、賃料の3か月分相当額を差引き賃借人に返還する」旨の約定をしている。賃貸人は、解約に伴い、約定に従って預託を受けていた保証金10か月分相当分から3か月分相当額を控除して賃借人に返還した。
 しかし、賃借人は、保証金の定めがある賃貸借期間が5年間の契約で、中途で合意解約した場合の保証金の償却費の額は、契約期間に対する実際の期間の割合にすべきとして、賃貸人が償却した3か月分相当額の5分の2である残存期間に相応する全額の返還を要求している。
 それに対して、賃貸人は、賃借人の実際の契約存続期間にかかわらず、約定の償却費である3か月分相当額を控除できると主張し、賃借人が預託していた保証金の返還額について賃借人と賃貸人との間で争いが生じている。

質 問

 賃貸借契約で保証金の償却が定められている場合、賃貸人は、中途解約のケースでも、償却費の全額を控除することができるか。

回 答

1.  結 論
 特段の合意がない限り、償却費の全額を控除することはできない。特段の定めがない限り、賃貸期間と残存期間とに按分比して、残存期間分に相応する償却費を借主に返還すべきと解される。
2.  理 由
 事業用建物賃貸借の保証金は、賃借権の権利設定の対価であったり、建設協力金であったり、短期解約の違約金や賃借期間内の定期的償却は更新料の性格を持つなど様々である。しかし、相談ケースの賃貸借契約のように、賃借人の契約から生じる債務の担保として授受される場合が多い。特段の約定がない限りは、債務の担保としての性格は、敷金と同様の性格を持ち、居住用賃貸借では敷金、事業用賃貸借では保証金の名目で授受されることが一般的ともいえる。事業用では、敷金と保証金が債務の担保として、二重に授受されるケースもある。
 賃借人の契約上の債務の担保としての性格を持つ保証金は、敷金と同一の性格を有し、別段の保証金にかかる特約がなく、賃借人の建物返還時に債務が存在しない場合、賃貸借契約の終了時には、賃貸人は、賃借人が預託した保証金を賃借人に返還すべきものとされている。
 そして、償却費が約定されているときは、裁判例では、「貸主が預託を受けた保証金のうちの一定額を償却費名下に取得するものとされている場合のいわゆる償却費相当分は、いわゆる権利金ないし建物又は付属備品等の損耗その他の価値減に対する補償としての性質を有するものであり、この場合において、賃貸借契約の存続期間及び保証金の償却期間の定めがあって、その途中において賃貸借契約が終了したときには、貸主は、特段の合意がない限り、約定にかかる償却費を賃貸期間と残存期間とに按分比して、残存期間分に相応する償却費を借主に返還すべきものと解するのが相当」(【参照判例】参照)とし、貸主が約定の償却費全額を控除することを否認している。
 不動産の賃貸借契約は、売買契約と異なり、契約当事者同士や媒介業者のかかわりは長期間になる。媒介業者は、建物賃貸借契約を締結するにあたり、「入口=物件紹介、契約締結」、「中間=入居中、更新」、「出口=中途解約、退去・明渡」の3段階を意識して当事者間及び当事者と媒介業者間のトラブルが発生しないように媒介業務にあたる必要がある。最低限、契約条項には注意を払うようにしたい。保証金に関しては、保証金の性格、償却の有無と内容、中途解約の場合の明文化等や消費者契約法に規定される消費者に不利な約定を結ばないなど、公平な立場で判断しなければならない。

参照条文

 民法第601条(賃貸借)
   賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。
 同法第619条(賃貸借の更新の推定等)
   (略)
   従前の賃貸借について当事者が担保を供していたときは、その担保は、期間の満了によって消滅する。ただし、敷金については、この限りでない。

参照判例

 東京地裁平成4年7月23日 判時1459号138頁(要旨)
 事務所等の賃貸借契約において、借主が貸主に預託することを約した保証金の性質は、これを時限解約金(借主が賃貸期間の定めに違背して早期に明け渡すような場合において貸主に支払われるべき制裁金)とする等の別段の特約がない限り、いわゆる敷金と同一の性質を有するものと解するのが相当であって、貸主は、賃貸借契約が終了して目的物の返還を受けたときは、これを貸主に返還する義務を負うものというべきである。
 そして、本件におけるように、貸主が預託を受けた保証金のうちの一定額を償却費名下に取得するものとされている場合のいわゆる償却費相当分は、いわゆる権利金ないし建物又は付属備品等の損耗その他の価値減に対する補償としての性質を有するものであり、この場合において、賃貸借契約の存続期間及び保証金の償却期間の定めがあって、その途中において賃貸借契約が終了したときには、貸主は、特段の合意がない限り、約定にかかる償却費を賃貸期間と残存期間とに按分比して、残存期間分に相応する償却費を借主に返還すべきものと解するのが相当である。

監修者のコメント

 賃貸借契約に際し、借主から貸主に交付された一時金が、敷金なのか保証金なのかが裁判で争われることがある。賃貸建物の所有権が譲渡され、貸主の地位が新所有者に移転した場合、純粋な敷金であれば、敷金の返還債務は新貸主に移転するのに対し、保証金の性格は回答にもあるとおり、区々であってその性格によっては必ずしもその返還債務は新貸主に移転されないからである。「保証金」という名目であっても、関西地域では敷金のことを保証金と称する例が多い。
 なお、相談ケースと異なり、中途解約の場合も含め、賃貸借契約が終了するときは3カ月分相当額を償却する旨が明確に特約されている場合は、そのまま有効と認められるであろう。もっとも、敷金ないし保証金の償却がなぜできるのかについては、必ずしも説得的な理論構成がなされてはおらず、その特約自体について裁判で争われることも少なくなく、紛争回避の観点からは償却特約はないほうがよく、現実に減少傾向にある。

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